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クラクフ クラクフ Kraków

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クラクフ
クラクフ
Kraków

ポーランド南部,マウォポルスキェ県の県都。ドイツ語でクラカウ Krakauウィスワ川上流の盆地に位置するポーランド第3の都市。産業,学術,文化,観光の中心地で交通の要地。8~9世紀にはウィシラーニェ (ウィスワ人) の国家の首都であったとみられる。

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デジタル大辞泉の解説

クラクフ(Kraków)

ポーランド南部の都市。14~16世紀、ポーランド王国の首都。歴史的建造物が多く、1364年創立の同国最古のヤギエウォ大学がある。人口、行政区76万(2007)。クラカウ。

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百科事典マイペディアの解説

クラクフ

ポーランド南部の商工業・文化の中心都市。ドイツ名はクラカウKrakau。ビスワ川上流の河港で,鉄道の要地。戦後建設されたノバ・フータ地区の金属コンビナートを中心に,機械,車両,化学,食品,繊維などの工業が行われる
→関連項目ビエリチカ

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世界遺産情報の解説

クラクフ

ワルシャワから約250km南に下ったところに、ポーランド第3の都市クラクフがあります。ワルシャワが政治・経済・ビジネスの都だとすれば、クラクフは歴史・文化・芸術の都。 市内には3,500以上もの文化遺産がちりばめられ、代表的なものにバベル城中央市場広場などがあります。また、映画「シンドラーのリスト」の舞台となった街として有名で、第2次世界大戦時にはプワシュフに強制収容所がおかれ、多くのユダヤ人が殺されました。ユダヤ人居住区だったカジミエシには、今もユダヤ教の教会やユダヤ人墓地が残っています。

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世界大百科事典 第2版の解説

クラクフ【Kraków】

ポーランド南部,マウォポルスカ地方の文化・学術・工業の中心都市。同名県の県都。ドイツ語ではクラカウKrakauという。人口74万6000(1995)は,ポーランド第3位。ワルシャワの南約250kmに位置する。ビスワ川が南のカルパチ山脈から平野部に出る谷頭部に位置し,都市域はビスワ川左岸のバベル城を中心とする旧市街を核として両岸に広がっている。14世紀から300年にわたってポーランド王国の首都がおかれ,第2次世界大戦中にも戦禍を免れたため,古い文化遺産を多く残す歴史的都市で,コペルニクスが学んだヤギエウォ大学もある。

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大辞林 第三版の解説

クラクフ【Kraków】

ポーランド南部の都市。一四~一七世紀、ポーランド王国の首都として繁栄。同国最古の大学がある。第二次大戦後は鉄鋼業が発達。ドイツ語名クラカウ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クラクフ
くらくふ
Krakw

ポーランド南東部、マウォポルスカ県の県都。マウォポルスカ地方の文化、科学、産業の中心都市。人口は74万1510(2000)で、ポーランド第三の都市。ドイツ名クラカウKrakau。ビスワ川が南のカルパティア山脈から平野部に出る谷頭部に位置し、都市域はビスワ川左岸の丘にあるバベル城(12~16世紀)を中心とする旧市街を核に両岸に広がる。14世紀から300年間ポーランド王国の首都が置かれ、第二次世界大戦の戦禍を免れたため古い文化遺産を多く残す歴史的都市である。バベルの丘には城のほか、ポーランド王族の墓がある大聖堂(11~14世紀)がある。15世紀の壮大な祭壇画のあるマリアツキ寺院をはじめ、古い教会の数は50以上に及び、14世紀の織物館も残る。クラクフ国立博物館をはじめ美術館も多く、日本の浮世絵などを展示する日本美術・技術センターManggha(マンガ)が1994年に開館。1364年創立のヤギエウォ大学では、かつてコペルニクスが学んでいる。また、市はバルト海と黒海とを結ぶ交通上の要衝で、手工業時代以来の繊維、織物、食品加工、タバコなどの軽工業が発達する。第二次世界大戦後ノバ・フータ地区に鉄鋼コンビナートができ、ポーランド最大の鉄鋼基地として国の経済を支えてきた。[山本 茂]

歴史

8世紀ごろ城塞(じょうさい)が築かれ、10世紀後半にはチェコ人の支配下に置かれていたが、10世紀末ポーランド領となり、1000年には司教座が置かれた。1241年にはモンゴル人の侵入によって戦禍を受けたが、まもなく復興した。1257年都市法が制定され、1320年にはポーランド王国の首都になり、64年にはヤギエウォ大学が設立された。15世紀には、商業、手工業、文化の著しい発展をみたが、1596年(ジグムント3世が最終的に宮殿を移したのは1611年)のワルシャワ遷都後は市勢が衰えた。第三次ポーランド分割(1795)後はオーストリア領となり、1809年にはナポレオンによってワルシャワ公国に併合された。1815年のウィーン会議では、市とその周辺はロシア、オーストリア、プロイセンの保護下に置かれたクラクフ共和国として自治が許されたが、46年の独立蜂起(どくりつほうき)が敗北すると、ふたたびオーストリアに併合された。その後、オーストリア領ポーランドの政治や文化の中心地となり、第一次世界大戦後ポーランドに復帰した。第二次世界大戦中はドイツ軍の占領地総督府が置かれ、多くのユダヤ系市民がゲットーに監禁され、のち西方40キロメートルにあるオシフィエンチム(アウシュウィッツ)の強制収容所で虐殺された。戦争中、史跡などの破壊は免れ、1945年1月ソ連軍によって解放された。[安部一郎]

世界遺産の登録

歴史的な建造物が多く残る旧市街が1978年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「クラクフ歴史地区」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]

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世界大百科事典内のクラクフの言及

【ポーランド美術】より

…ポーランドの地には,ビスクーピンBiskupinに前500年前後と考えられる杭上住居の集落址があり,木の敷き道や住居が残り,また紀元後には,ボリンWolinなどで発見されている単純な木彫の神像があるが,本格的な建築,芸術活動はキリスト教受容以降のことである。すでに9世紀よりクラクフを中心として南部に,ロトンダ形式の教会堂(クラクフのバベルWawel城内の聖マリア教会など)が建てられ,モラビアよりのキリスト教伝道を示す。グニェズノを本拠とするミエシュコ1世が,966年キリスト教に改宗した後ポーランドを統一し,ドイツとの結びつきが強まると,しだいに建築も,ライン川流域やザクセンのドイツ・ロマネスクの様式に倣って,各地に建てられるようになった。…

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