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クリプキ Saul Aaron Kripke

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大辞林 第三版の解説

クリプキ【Saul Aaron Kripke】

1940~ ) アメリカの哲学者・論理学者。様相論理学のモデル理論(可能世界意味論)を提唱。また、それを基にした独自の指示理論によって知られる。著「名指しと必然性」「ウィトゲンシュタインのパラドックス」など。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クリプキ
くりぷき
Saul Aaron Kripke
(1940― )

アメリカの哲学者、論理学者。ニューヨーク州ロング・アイランド島ベイ・ショアでユダヤ教のラビの息子として生まれる。ハーバード大学クワインに学び、1962年文学士号取得。1966年ハーバード大学講師、1968年ロックフェラー大学準教授、1972年同教授、1976年プリンストン大学教授、2003年ニューヨーク市立大学教授。
 18歳のときアメリカ数学会で様相論理学の完全性に関する証明を発表し、一躍有名になる。1960年代、クリプキは「可能世界意味論」として様相論理学のモデル理論的研究を展開し、様相論理学の第一人者となった。そのころの代表的な論文に、「様相論理の意味論的考察」Semantical Considerations on Modal Logics(1963)がある。
 彼の様相論理のモデルは「クリプキ・モデル」とよばれるが、それまでにさまざまな様相論理の体系が提案されており、たとえばカルナップが提唱する様相論理の意味論では、ライプニッツの「可能世界」概念を基にして、「必然的に真である」とは現実世界においてのみならず「すべての可能世界で真である」という、必然性に関する強い解釈が行われた。一方、クリプキ・モデルでは「到達可能性」を設定する点が革新的である。可能世界wiから他の可能世界wjに到達可能性がある(=wjはwiから到達可能な世界である)ということは、wjで真である命題はすべてwiで可能であるという関係があることを意味する。ここで、命題pが世界wiにおいて必然的なのは、wiから到達可能なすべての世界wjにおいてpが真のときである。こうした、相対的に弱い「必然性」概念を採用することで、多様な様相論理体系のモデルを与えることができるようになったのである。
 クリプキのもっとも重要な論文は「名指しと必然性」Naming and Necessity(1972)である。同著作は1970年に行われた講演を論文としてまとめたもので、論文集『自然言語の意味論』(1972)に収録され、その後加筆訂正されて1980年に同じ書名で単行本として出版された。同論は名前が対象をどう指示するかという問題をめぐって展開し、おもに、同一性の必然性、固有名の固定性、指示の因果論的見取図という三つのテーゼを提示している。
 同一性の必然性とは、すべての対象はそれ自身と必然的に同一であるということである。この当然と思われるようなテーゼは、ヘスペラス(明けの明星)とフォスフォラス(宵の明星)は同一である、という言明は天文学的発見によってなされるようになったので偶然的であるといった主張により懐疑をもたれてきた。しかし、クリプキによれば、それはア・プリオリ/ア・ポステリオリという認識論的概念の区別と必然的/偶然的という形而上学的概念の区別の混同に基づく誤りであり、ヘスペラスとフォスフォラスの同一性がア・ポステリオリに発見されたという認識論的な事実は、同一性が必然的であるという形而上学的な様相と矛盾しないのである。同一性の必然性のテーゼを可能世界意味論で説明するなら、もし対象Xと対象Yが現実世界で同一なら、XとYは現実世界から到達でき、かつXとYが存在するすべての世界で同一である、ということになる。ここで、現実世界のXと可能世界のXの同一性の基準は何かという、交差世界的同一性の問題が生ずるが、クリプキによればこれは擬似問題である。なぜなら、問題としている可能世界における同一性は、その可能世界についてそのように想定している、すなわち約定していることだからである。可能世界はどこかに発見するものではなく、理論的に設けるものであるから、そういえるわけである。
 クリプキはこのような約定が固有名を使う際にもなされるとし、固有名の固定性という第二のテーゼを主張する。まずクリプキは、名前は短縮された確定記述であるというフレーゲ、ラッセルの名指し理論を批判する。そして、固有名は通常の確定記述またはその群と同値ではなく、権利上固定的である固定指示子であると論じた。権利上の固定性とは質的性質による同定を必要としない固定性である。この理論は、固有名が概念の媒介なしに指示対象を直接指示することから直接指示説といわれる。
 質的性質による同定なしで固有名の指示がいかに可能かという問題について、クリプキは指示の因果論的見取図という語用論的な第三のテーゼを提出する。それによれば、われわれは質的性質と関係なく、まず命名を行う。その名前が次から次へと他人に受け渡されるとき、最初の命名の際の指示の意図が引き継がれる。クリプキはこれを指示の理論ではなく、現実に起こっていることの見取図だと述べている。
 クリプキは固有名の固定性のテーゼが自然種の名前についてもいわれると考える。種の同定は、まず性質を規定することによってではなく行われ、その後、経験的に発見される特徴がその対象に帰せられるのである。こうした考えから、たとえば「金は黄色い金属である」というカントの分析判断の例がア・プリオリではないと帰結する。金の性質はア・プリオリには知られず、それゆえ金の意味には属さないものであり科学的に探求されるが、それは偶然的真理ではなく必然的真理、すなわち「ア・ポステリオリだが必然的」な真理なのである。このようなクリプキの本質主義的立場は、科学的探求によって提示された同一性言明が必然的真理であることを主張することにより、科学哲学における相対主義的立場と厳しく対立する。これと同様に指示理論から本質主義的実在論を展開したのがパトナムHilary Putnam(1926―2016)である。
 クリプキは2冊目の著書『ウィトゲンシュタインのパラドックス』(1982)において、後期ウィットゲンシュタインの「規則に従う」という概念、「他人の心」の問題について論じたが、同書におけるクリプキのウィットゲンシュタイン解釈は正確ではないという評価が多い。2001年に様相論理の意味論への貢献、同一性、指示、必然性に関する研究が評価され、ショック賞(哲学者ショックRolf Schock(1933―1986)の遺産を基金に1993年に創設された賞。スウェーデン王立芸術アカデミーにより審査される)を受賞した。[加藤茂生]
『黒崎宏訳『ウィトゲンシュタインのパラドックス――規則・私的言語・他人の心』(1983・産業図書) ▽八木沢敬・野家啓一訳『名指しと必然性――様相の形而上学と心身問題』(1985・産業図書) ▽Semantical Considerations on Modal Logics(in Acta Philosophia Fennica, 1963, The North-Holland, Amsterdam) ▽Donald Davidson, Gilbert Herman eds.Semantics of Natural Language(1972, Dordrecht, Boston) ▽Colin McGinnWittgenstein on Meaning; an Interpretation and Evaluation(1984, Basil Blackwell, Oxford) ▽Wolfgang StegmullerHauptstromungen der Gegenwartsphilosophie; eine Kritische Einfuhrung(1987, A. Kroner, Stuttgart)』

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