改訂新版 世界大百科事典 「クロモジ」の意味・わかりやすい解説
クロモジ (黒文字)
Lindera umbellata Thunb.
高さ数mになるクスノキ科の落葉低木で,北海道渡島半島,本州全土,四国,および中国大陸の温帯から暖帯の山地に分布する。樹皮は灰褐色または黒緑色,小枝は黄緑色でしばしば黒斑がある。葉は互生し,葉身は狭長楕円形ないし倒卵状長楕円形で,長さ5~12cm,裏面はやや白色を帯びる。はじめ両面に軟毛があるが,のちほぼ無毛となる。雌雄異株。花は3~4月ごろ咲き,淡黄緑色の小花で,約10花が散形状の花序をなして,新葉とともに開く。果実は直径5~6mmの球形の液果で,秋に黒熟し,中に1個の種子がある。クロモジの和名は樹皮上の黒斑を文字になぞらえたものという。材は芳香をもち,ようじ(楊枝)に賞用する。枝葉からはクロモジ油が得られ,かつて香料原料として採集されていた。
クロモジ属Linderaには日本に数種があるが,そのうちカナクギノキL.erythrocarpa Makinoは高さ10mになる落葉中高木で本州の中部以西,四国,九州,朝鮮半島,中国の暖帯に分布する。果実は赤熟する。ダンコウバイL.obtusiloba Bl.やヤマコウバシL.glauca Bl.も同属の小低木である。テンダイウヤク(天台烏薬)L.strychnifolia(Sieb.et Zucc.)F.Vill.は中国中部原産の常緑低木で,享保年間(1716-36)に渡来し,日本の暖地に野生化している。葉は3脈が顕著な広楕円形。根の一部が肥厚し,芳香と苦味があり,漢方薬では健胃薬などに重用する。
執筆者:緒方 健
民俗
クロモジは芳香があり,皮つきのまま削って,ようじとして賞用されるため,ようじの代名詞ともなっている。長野県鬼無里ではこの木のはしは虫歯を防ぐとしている。東北地方一帯のほか京都や越後では,トリキとかトリシバ(鳥柴)ともよばれる。鳥柴は〈としば〉とも読み,鷹狩りの獲物の鳥を贈る際,それを結びつける枝をいい,クロモジの枝が多く使用されたことによる。古くは,神に狩りの獲物をささげる場合にこの木が使われたと考えられており,奥羽の山村ではマタギが狩りのあとの毛祭で,獲物の一部を切ってこの木に挟んで山の神に供える風があった。山陰地方や滋賀県の一部では,小正月の餅花をクロモジの木につけ,また岐阜県の山村では御幣餅のくしをこの木で作る。伊勢神宮の用材を伐採する際も,クロモジで祭壇を作り,供え物をしてから切るのがならわしになっている所もある。以上の諸例から,クロモジは神を祭るための祭りの木であったといえよう。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報