出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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コットマン
John Sell Cotman
生没年:1782-1842
イギリスの画家。イースト・アングリア地方のノーフォーク州ノリッジ生れ。最初ロンドンで学び,活動したのち,郷里でクロームと共に,ノリッジ画派の主導者として活躍,1811年には〈ノリッジ美術家協会〉の会長に就任する。帰郷後は素描教師として出発し,素描や水彩によって,故郷の風景や建築物を描く。1810年ころからはエッチングを習得し,地誌的(トポグラフィカル)な素描を複製生産する。34年,ロンドンに移住。作風は,自然を虚心に写すべく努めたクロームに比べ,実在の風景を描きながらも,独特のやや重苦しい幻想性の漂うものである。
執筆者:鈴木 杜幾子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のコットマンの言及
【ノリッジ画派】より
…1803年2月,イースト・アングリア地方ノーフォーク州ノリッジの風景画家[クローム]の家で,絵画,建築,彫刻の進歩向上をはかることを目的として〈ノリッジ美術家協会〉が結成され,05‐25年の間毎年展覧会を開催した。07年,この派のもう一人の代表的画家[コットマン]が加入し,協会の活動はクロームの死(1821)を経,コットマンのロンドン移住(1834)まで継続した。この画派の活動はほとんど風景画に限られていたが,17世紀オランダの風景画に倣った自然観察と素朴な感情を軸とするその傾向は,古典主義的ないわゆる理想主義的風景画の伝統の根強かったイギリスにおいて,J.コンスタブルやJ.M.W.ターナーの自然的風景画への方向づけの役割を果たした。…
※「コットマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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