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コットマン Cotman, John Sell

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コットマン
Cotman, John Sell

[生]1782.5.16. ノリッジ
[没]1842.7.24. ロンドン
イギリスの風景画家。おもに水彩画を描いた。1798年頃からロンドンに出て活躍。ジョーゼフ・M.W.ターナーやトマス・ガーティンらを知って充実した制作期を迎えた。1800~06年ロイヤル・アカデミーに出品した作品は,簡潔で幾何学的な鋭い構成をもち,当時の最も優れた風景画とみなされている。一時故郷のノリッジに帰り,ノリッジ派の指導者となった。主要作品は水彩画『グレタ橋』(1805頃,大英博物館)および銅版画シリーズ。

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世界大百科事典 第2版の解説

コットマン【John Sell Cotman】

1782‐1842
イギリスの画家。イースト・アングリア地方のノーフォーク州ノリッジ生れ。最初ロンドンで学び,活動したのち,郷里でクロームと共に,ノリッジ画派の主導者として活躍,1811年には〈ノリッジ美術家協会〉の会長に就任する。帰郷後は素描教師として出発し,素描や水彩によって,故郷の風景や建築物を描く。1810年ころからはエッチングを習得し,地誌的(トポグラフィカル)な素描を複製生産する。34年,ロンドンに移住。作風は,自然を虚心に写すべく努めたクロームに比べ,実在の風景を描きながらも,独特のやや重苦しい幻想性の漂うものである。

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世界大百科事典内のコットマンの言及

【ノリッジ画派】より

…1803年2月,イースト・アングリア地方ノーフォーク州ノリッジの風景画家クロームの家で,絵画,建築,彫刻の進歩向上をはかることを目的として〈ノリッジ美術家協会〉が結成され,05‐25年の間毎年展覧会を開催した。07年,この派のもう一人の代表的画家コットマンが加入し,協会の活動はクロームの死(1821)を経,コットマンのロンドン移住(1834)まで継続した。この画派の活動はほとんど風景画に限られていたが,17世紀オランダの風景画に倣った自然観察と素朴な感情を軸とするその傾向は,古典主義的ないわゆる理想主義的風景画の伝統の根強かったイギリスにおいて,J.コンスタブルやJ.M.W.ターナーの自然的風景画への方向づけの役割を果たした。…

※「コットマン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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