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コムネノス朝 コムネノスちょう Comneni; the Dynasty of Comnenus

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コムネノス朝
コムネノスちょう
Comneni; the Dynasty of Comnenus

ビザンチン帝国の王朝 (1057~59,81~1185) 。コムネヌス朝とも呼ばれる小アジアパフラゴニアの大豪族コムネノス家のマヌエル・コムネノスがバシリウス2世の治世中,軍功を立て中央に進出,軍人貴族として名をあげた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コムネノス朝
こむねのすちょう

ビザンティン帝国の王朝(1081~1185)。小アジア、パフラゴニアの大豪族コムネノスKomnenos家出身のイサキオス1世に始まり、アンドロニコス1世に至る6人の皇帝を輩出。ノルマン、セルジューク・トルコペチェネグマジャール人の侵攻を防ぎ、アンティオキア公国を帝国領とするなど、一時的ではあったが対外的に国威を高めた。だが国内では、土地を媒体にした、西欧の封建制に酷似したプロノイア制の浸透により封建化が進み、属領統治の屋台骨であるテマ制(軍管区制)が崩壊した。このため中小自由農民層が大土地所有者層に併呑(へいどん)され、国税の収入が下落、軍事力も低下、それにイタリア商業都市の進出で商業が不振となり、国力の弱体化が始まった。[和田 廣]

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世界大百科事典内のコムネノス朝の言及

【アレクシオス[1世]】より

…小アジアの大豪族コムネノス家出身の軍人政治家。ニケフォロス3世を武力で倒し,コムネノス朝(1081‐1185)を開く。ノルマン軍の来襲,ペチェネグ族の首都攻略および第1回十字軍の国内通過をいずれも巧妙な政略で乗り切った。…

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