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コラール Corral, Luis Diez del

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コラール
Corral, Luis Diez del

[生]1911. ログローニョ
[没]1998. マドリード
スペインの歴史家,政治学者,文学者。マドリード大学法学部卒業後,ベルリン,フライブルク両大学で哲学を修め,1936年『政治の思想と形態』 Historia de las ideas y formas politicasによりスペイン・アカデミー法律学大賞,42年小説『マジョルカ』 Majorcaにより同文学大賞を受賞。 51年,マドリード大学政治経済学部教授。 54年の『ヨーロッパの略奪』 Elrapto de Europaによって一躍世界的脚光を浴びる。 53年より 61年にわたって,スペイン文化使節として欧米,中近東,日本などに派遣された。これは 63年に『新世界より旧世界へ』 Del nuevo al viejo mundoとして結実した。

コラール
Kollár, Jan

[生]1793.7.29. モショフツェ
[没]1852.1.24. ウィーン
スロバキア出身のチェコの詩人。プロテスタントの牧師で,ブダペストの説教師,のちにウィーンの大学のスラブ古代史の教授をつとめた。代表作に 1824年に執筆,32年に決定版の出た『スラーバの娘』 Slávy dceraがある。チェコおよびスロバキアの文芸復興期のイデオロギーである汎スラブ主義を鼓舞した詩人。

コラール
Kolār

インド南西部,カルナータカ州南東部の町。コラール県の行政庁所在地。バンガロール東北東約 70km,コラールゴールドフィールズの北西に位置。降水量が少く,周辺の台地には多数のため池が造られ,米,サトウキビ,タバコを産出。町では綿織物,毛布,皮革製品が生産され,農産物とともにバンガロールに移出。人口8万 3219 (1991) 。

コラール
chorale

ドイツ・プロテスタント教会,特にルター派教会賛美歌。宗教改革の主張に基づき,教会に集る信者みずからが歌えることを目的として,ルターやその協力者たちによって作られたドイツ語の歌詞と単純な旋律の宗教歌。 1520年代から現れ,最初はもっぱら会衆によって単旋律のまま歌われたが,次第に高度な芸術作品の基礎としても用いられるようになり,コラール・カンタータ,コラール・モテト,コラール・ファンタジーなどの編曲を生み,プロテスタント教会音楽の発展に大きな役割を果した。

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デジタル大辞泉の解説

コラール(〈ドイツ〉Choral)

ドイツのルター派教会で用いられる賛美歌衆賛歌
グレゴリオ聖歌など、各種の聖歌や教会歌の総称

コラール(Kolar)

インド南部、カルナータカ州の都市。州都ベンガルールの東約60キロメートルに位置する。ビジャヤナガル王国時代の14世紀に建造されたソーメシュワラ寺院がある。南東郊の金鉱山は同国最大の産出高を誇る。コーラール。

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百科事典マイペディアの解説

コラール

ドイツ語で聖歌のこと。狭義には,ドイツ・プロテスタント教会,特にルター派教会の賛美歌をさす。グレゴリオ聖歌ではなく,ドイツ語で容易に歌えることを目的としてルターが作製したものが最初で,旋律には新作のほか古い聖歌や民謡も使われている。
→関連項目オルガン1812年序曲ツァハウ

コラール

スペインの歴史哲学者。マドリード大学卒業後,ドイツに留学,ヤスパースハイデッガーに師事。オルテガ・イ・ガセット後継者と目される。主著《ヨーロッパの略奪》《歴史と運命の進歩》のほか,小説《マヨルカ》など。

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世界大百科事典 第2版の解説

コラール【Choral[ドイツ]】

ドイツ福音主義教会の会衆賛美の歌。宗教改革者ルターの,特別な音楽的素養をもたない一般会衆にも自国語で歌える礼拝の歌を与えようという意図を出発点として起こり,16世紀から18世紀にかけて,多数の曲が作られた。ドイツ語の抑揚を生かした素朴で力強い旋律と旋法的な性格の強い節回しが特徴で,楽曲形式は中世のミンネジンガー以来ドイツ歌曲にとって一つの基本形式となったAABのバール形式(バールBarという詩型が基本で,リズムと押韻が呼応しあう二つの前句AAと後句Bからなる)によるものが多い。

コラール【Ján Kollár】

1793‐1852
スロバキアの出身で,ブダペストのプロテスタントの牧師,ウィーン大学のスラブ古代学の教授。チェコスロバキアの文芸復興期の代表的詩人としても知られる。スラブ諸民族間の文化的・政治的関連性を主張,スラブ民族の優秀性と将来性を説いた。代表作は詩集《女神スラーバの娘》(1824)。【千野 栄一】

コラール【Luis Diez del Corral】

1911‐1998
スペインの哲学者,歴史家。1934年マドリード大学哲学・法律学部を卒業し,翌年ドイツに留学。48年在仏スペイン大使館文化部長となり,51年マドリード大学教授となる。61年にはスペイン文化使節として来日した。その主著と目される《ヨーロッパの略奪》(1954)はヨーロッパ文化の多角的な歴史的省察の書として注目を集め,日本を含む多くの国で翻訳・紹介された。【生松 敬三】

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大辞林 第三版の解説

コラール【Choral】

ドイツのプロテスタント教会で、賛美歌のこと。衆賛歌。コーラル。
ローマ-カトリックの単旋律聖歌。グレゴリオ聖歌。

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世界大百科事典内のコラールの言及

【キリスト教音楽】より

… 16世紀は,プロテスタントの諸宗派が並び立った時代でもある。すでに15世紀に,ボヘミアのフス派が,独自の宗教的民謡ともいうべき会衆歌をもっていたが,ルター派のドイツ福音主義教会のコラールはその性格をさらに徹底し,音楽的素養のない一般会衆が歌えることを目ざした会衆賛美の歌であった。と同時に,ルターは教会付属の学校で学ぶ若者たちには,人文主義的教養と多声部の楽曲を演奏できる高い音楽的素養を要求した。…

【定旋律】より

…俗謡《ロム・アルメL’homme armé(戦士)》は特に好まれ,デュファイ,ジョスカン・デ・プレ,オケヘムなど,15~16世紀の30以上のミサ曲に定旋律として用いられた。第3にプロテスタントのコラールも17~18世紀にドイツの教会用声楽曲とオルガン曲に登場し,ブクステフーデやJ.S.バッハなどの楽曲で定旋律として用いられている。16世紀に入ると,〈既存の旋律〉という定旋律の概念が拡大され,ヘクサコルド(6音音階)に基づく特定な音型が新たに考案されることもあった。…

【ドイツ音楽】より

… 17世紀から18世紀中葉にかけてのバロック時代は,ルネサンスの後を受け,さらに外国の音楽の諸様式に敏感に反応しながら,ドイツ音楽がオペラを除くほとんどすべての分野で開花する時代である。とくに北方のプロテスタント地域では,ルター派のコラールを取り入れた教会カンタータや受難曲が,シュッツからJ.S.バッハ(大バッハ)に至る教会音楽の流れのなかで徐々に創造され,真にドイツ語とドイツ精神に根ざしたドイツ音楽を形成する。こうしたドイツ的なものは宗教的声楽曲のみならず,オルガン音楽,リュート音楽,チェンバロ音楽,バイオリン音楽,器楽組曲,合奏協奏曲などの器楽の上にも顕著に現れる。…

※「コラール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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