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シェーンブルン宮殿 シェーンブルンきゅうでんSchloss Schönbrunn

7件 の用語解説(シェーンブルン宮殿の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェーンブルン宮殿
シェーンブルンきゅうでん
Schloss Schönbrunn

オーストリアのウィーン郊外にある宮殿。1692~93年「ベルサイユ宮殿をしのぐ」レオポルト1世の離宮として第1案がヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラハによって作成されたが実現せず,1695~96年第1案を縮小した第2案に基づいて起工。

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デジタル大辞泉の解説

シェーンブルン‐きゅうでん【シェーンブルン宮殿】

Schönbrunn》オーストリアの首都、ウィーンにある同国最大の宮殿。1695年、レオポルト1世の命で、フィッシャー=フォン=エルラッハの設計によりバロック式の夏の離宮として建造。のちにニコラウス=パカッシイらが改築し、マリア=テレジアの時代に現在のロココ式宮殿の姿になった。ウィーン会議開かれた場所としても有名。1996年、「シェーンブルン宮殿と庭園群」の名称で世界遺産文化遺産)に登録された。シェーンブルン離宮

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百科事典マイペディアの解説

シェーンブルン宮殿【シェーンブルンきゅうでん】

オーストリア,首都ウィーンの郊外にある宮殿。17世紀末,ハプスブルク皇帝レオポルト1世の命により建築家フィッシャーフォン・エルラハによって建てられた。後期バロック様式の宮殿で,内部には華麗なロココ調の装飾が施され,部屋数は1441にのぼる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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世界遺産情報の解説

シェーンブルン宮殿

悲劇の王妃マリー・アントワネットも過ごしたことがあり、モーツァルトが初めての御前演奏を行ったという豪華な宮殿。1695年、レオポルト1世がフランスヴェルサイユ宮殿を凌ぐものを目指して建設されたとされ、オーストリアでは最大の規模と豪華さを誇ります。ウィーン会議が行われた大広間マリア・テレジアの前でモーツァルトが演奏した鏡の間、マリー・アントワネットの部屋など宮殿内部だけでも見どころは盛りだくさん。金箔をふんだんに使った装飾やボヘミアングラスのシャンデリア、庭園やネプチューンの泉なども必見です。

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世界大百科事典 第2版の解説

シェーンブルンきゅうでん【シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunn】

オーストリア,ウィーンの市壁の外に造られたバロック宮殿。1696‐1713年建設。トルコ軍による第2次ウィーン包囲の撃破(1683)を記念して,神聖ローマ皇帝ヨーゼフ1世がベルサイユ宮殿に対抗して発案。フィッシャー・フォン・エルラハによる当初の設計案は丘陵地を利用した壮大な規模のもので,世界中のさまざまのモティーフを含んで数寄に富んでいたが,後に縮小され,狩猟城館として着手された。後にマリア・テレジアなどの下に,内装を含む設計変更がなされ18世紀中ごろに完成。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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世界の観光地名がわかる事典の解説

シェーンブルンきゅうでん【シェーンブルン宮殿】

オーストリアの首都ウィーン市街の南西5kmほどのところにある、オーストリア皇帝ハプスブルク家の夏の離宮だった建物。1693年に、レオポルト1世の狩猟用の別荘として建設されたのち、改築・増築が重ねられ、18世紀後半の女帝マリアテレジアの時代に、ウィーン風ロココ様式の宮殿として完成した。宮殿建築の傑作と評価されている。宮殿内には1441の部屋があり、広大な庭園がある。1752年には、この庭園に世界初の動物園がつくられ、花壇、植え込み、噴水などを幾何学(きかがく)的に配置した西洋庭園として完成した。歴史的な舞台ともなった宮殿で、19世紀初め、ウィーンを占領したフランス皇帝のナポレオン1世は、この宮殿に司令部を置いた。また、第一次世界大戦後の講和会議(ウィーン会議)がここで開催された。戦後のキューバ危機後、東西冷戦下の1961年には、アメリカケネディ大統領と旧ソ連のフルシチョフ閣僚会議議長の会談が行われたのも、この宮殿である。◇「シェーンブルン宮殿と庭園群」として世界遺産に登録されている。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェーンブルン宮殿
しぇーんぶるんきゅうでん
Schlo Schnbrunn

ウィーンにあるオーストリア最大の宮殿。オーストリア・バロックを代表する建築で、200年以上にわたってハプスブルク家の王宮であった。シェーンブルンは「美しい泉」を意味する。オーストリア大公マクシミリアンが建てた王室狩猟館は1683年にトルコ軍に破壊され、95年に皇帝レオポルトがその跡に夏の離宮として建立させたもの。工事は建築家エルラッハに委嘱され、96年に開始されるが、この建築家は建物の造営とともに庭園の整備をも手がけた。のちニコラウス・パカッシイによって構造に部分的な修正が加えられ、インテリアなどに最終的な形態が整えられたのはマリア・テレジア治下の1749年であるが、外から見える修正箇所は建物中央の一階高くなった部分で、窓とその上の欄干(らんかん)が注目される。この部分を除いて中央部分と両側面は高さも壁面のデザインも同じであり、両端から玄関口を抱き込むように袖(そで)が張り出している。建物の色はマリア・テレジア・イエローという独自のもので、外観の構成がきわめて簡明であるのに対し、内部のロココ様式の絵画、彫刻による装飾は入念を極め、日本、中国風の部屋もある。この宮殿は庭園とともに、1996年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。[濱谷勝也]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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