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シマノフスキ シマノフスキ Szymanowski, Karol

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シマノフスキ
シマノフスキ
Szymanowski, Karol

[生]1882.10.6. ウクライナ,ティモショフカ
[没]1937.3.29. ローザンヌ
ポーランドの作曲家。 1901年ワルシャワに出て,ザビルスキと Z.ノスコフスキに師事。 05年に「若きポーランド」を結成し,作品発表後ベルリンへ向う。初期はドイツ後期ロマン主義の作風にならったが,のち次第にフランス印象主義ストラビンスキーの影響を受け,ショパン以後初めてポーランドにおける傑出した作曲家となる。

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百科事典マイペディアの解説

シマノフスキ

ポーランドの作曲家。現ウクライナ領ティモショフカでポーランド貴族の家系に生まれる。1901年−1904年ワルシャワ音楽院に学び,ルビンステインバイオリン奏者P.コハニスキ〔1887-1934〕らと生涯にわたる親交を結ぶが,音楽院の保守性に反発。
→関連項目シェリング

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

シマノフスキ

現ウクライナに領地を持つポーランド貴族の家庭に生まれた。活動両親とも芸術に対する造詣は深く、自然と音楽に親しんだ。この時代のポーランドにあっては急進的な傾向を持ち続けたため、若年期は当時保守性の強かっ ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
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世界大百科事典 第2版の解説

シマノフスキ【Karol Szymanowski】

1882‐1937
ポーランドの作曲家。ショパン以後初めてポーランド音楽を国際的水準にまで高めた作品を残している。ワルシャワで作曲を学び,初め抒情的なピアノ曲やロマン主義的な交響曲,次いで印象主義的なバイオリン曲《神話》,ピアノ曲《メトピ》(ともに1915)と《仮面劇》(1916)などを書いた。しかし,1922年以降は山岳地方のザコパネに住み,ピアノ曲《20のマズルカ》(1925),バレエ《ハルナシェ》(1931),《交響曲第4番》(1932),《バイオリン協奏曲第2番》(1933)のように,素朴で力強い民謡に根ざした独自の現代的・民族的な音楽を作り出した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シマノフスキ
しまのふすき

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