シャクシャインの戦(読み)シャクシャインのたたかい

百科事典マイペディアの解説

シャクシャインの戦【シャクシャインのたたかい】

1669年松前藩支配に抵抗して起きたアイヌの近世最大の蜂起。東西両蝦夷地(えぞち)のハエ・アイヌとシブチャリ・アイヌ間の漁猟圏をめぐる争いの過程で,後者の首長シャクシャインが東西両蝦夷地のアイヌに反和人(シャモ)・反松前藩の檄をとばし,東は白糠(しらぬか),西は増毛(ましけ)のアイヌがいっせいに蜂起(石狩アイヌは不参加),和人の商船や鷹待(たかまち)らを襲撃した。大きな衝撃を受けた幕府は指揮権を発動,松前氏の一族松前泰広(旗本)や津軽弘前藩に出兵を命じた。1669年10月シャクシャインは松前軍の奸計で謀殺され,1671年蜂起は最終的に鎮圧された。この蜂起は松前藩の成立に至る和人の蝦夷地南西部(現在の道南地方)における支配の貫徹,同藩の成立と藩政展開過程でのアイヌに対する過酷な収奪や漁猟場の破壊などが根本原因であった。→コシャマインの戦
→関連項目商場国後・目梨の戦

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

シャクシャインのたたかい【シャクシャインの戦】

1669年(寛文9)6月,北海道日高のシブチャリ(現,静内町)を拠点に松前藩の収奪に抵抗して起きた近世最大のアイヌ民族の蜂起。近世初頭以来日高沿岸部のシブチャリ地方のアイヌ(メナシクル(東の人の意)の一部)とハエ(現,門別町)地方のアイヌ(シュムクル(西の人の意)の一部)との漁猟圏をめぐる争いが続いていたが,1668年4月,ついにシブチャリ・アイヌの首長シャクシャインがハエ・アイヌの首長オニビシを刺殺するという事件に発展した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

シャクシャイン‐の‐たたかい ‥たたかひ【シャクシャインの戦】

寛文九年(一六六九)、蝦夷(えぞ)地(北海道)で松前藩の不公平な交易方針に反対するアイヌの首長シャクシャインが起こした反松前・反和人の戦い。全北海道に広がったが、鉄砲を持つ松前藩が優勢となり、和議の席でシャクシャインは殺された。以後、松前藩のアイヌ搾取が強められた。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内のシャクシャインの戦の言及

【アイヌ】より

…交易場としての商場は多く領域としてのイオルに対応する形で設置されたことや,藩政初期には河川での砂金採収に大きな力を注いだこともあって,松前藩成立後,アイヌ民族は重大な民族的危機に遭遇することとなった。そのため早くも1643年(寛永20)西蝦夷地のセタナイでヘナウケの戦があり,69年(寛文9)には近世最大のアイヌ民族の反松前・反和人の戦いであるシャクシャインの戦をみた。シャクシャインの戦が敗北した後,松前藩のアイヌ民族に対する政治的支配が一段と強化された。…

※「シャクシャインの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

適応障害

心理社会的なストレスがはっきりと認められ、情緒面や行動面に問題が生じるもの。職場の人間関係、夫婦間の葛藤を始め、親の離婚、子供の自立、失恋、身体疾患など、一過性のものから持続的なものまで、ストレス因子...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android