コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ジョージ[4世] ジョージ

百科事典マイペディアの解説

ジョージ[4世]【ジョージ】

英国,ハノーバー朝4代目の国王(在位1820年−1830年)。ジョージ3世の長男。カトリック教徒の婦人と結婚したり,ブライトンの離宮に大金をつぎ込んだりして父の精神病をさらに悪化させ,1795年にブランズウイックのキャロライン王女と結婚したが,離婚をはかったりして醜聞はたえず,国民からはきわめて不評であった。
→関連項目ウィリアム[4世]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ジョージ[4世]【George IV】

1762‐1830
イギリス王。在位1820‐30年。ハノーバー朝第4代の王。皇太子時代から,カトリック教徒の婦人とひそかに結婚したり,ブライトンの離宮造営に大金を費やすなど,乱行を重ねて父王ジョージ3世の精神障害の悪化を促した。1811年以降摂政となり,事実上彼の統治期間は20年に及んだが,その間カトリック解放法の成立(1829)に反対したり,王妃キャロラインとの離婚を強行しようとして,国民の不評を買い,王の権威を失墜させた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のジョージ[4世]の言及

【摂政】より

… イギリスでもノルマン朝のころから王の不在中に大司法官が摂政を務めた例は多く,近世ではもっぱら議会の法令によって決定された。しかしイギリス史で〈摂政時代Regency〉というと,ジョージ3世が脳病を患い皇太子(のちのジョージ4世)が摂政となった時期(1811‐20)を指す。ナポレオン戦争の末期で,ラッダイト運動,ピータールーの虐殺事件などが起こった時代である。…

【ハノーバー朝】より

…イギリスの王朝。1714年,スチュアート朝最後のアン女王が没すると,1701年にジェームズ2世やその子孫の復位を阻止する目的でつくられた王位継承法の規定により,新教徒であるハノーファー選帝侯の長子ゲオルク(ジョージ)がイギリス王位を継承,ジョージ1世として開いたのがハノーバー朝である。この王朝は,その後名称を変えながら現在まで継続している。…

【ブランメル】より

…フランスの作家バルベー・ドールビイによれば,〈史上最高のダンディ〉。ジョージ4世の寵臣で,後に不興をこうむったが,その威光は終生国王をしのいだと伝えられる。冷静な計算をもって男子服装の美学を確立し,それに基づいて,ダーク・カラーを基調とする体の線にフィットした,今日の三つぞろい紳士服の原型を生み出した。…

※「ジョージ[4世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

ジョージ[4世]の関連キーワードジョージ[3世]

今日のキーワード

かりゆし

1 沖縄方言で「縁起がよいこと」「めでたいこと」を表す語。2 「かりゆしウエア」の略。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android