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スキピオ[小] スキピオ

百科事典マイペディアの解説

スキピオ[小]【スキピオ】

古代ローマの将軍,政治家。スキピオ[大]の長子の養子で小スキピオと呼ばれる。前146年カルタゴを破壊してポエニ戦争を終結させた。前133年ヌマンティアを征服して,イベリア半島支配を確立した。
→関連項目ポリュビオス

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世界大百科事典 第2版の解説

スキピオ[小]【Publius Cornelius Scipio Aemilianus Africanus Numantinus Minor】

前185か184‐前129
共和政末期ローマの政治家,将軍。ピュドナの戦の勝者アエミリウス・パウルスの子。大スキピオの長子の養子。幼少からギリシア文化に親しんだが,前168年ピュドナの戦に従軍し,ほぼ前167年以降ポリュビオスと親交を結び,その影響を受けた。前151年スペインで軍功をたて,前149年以降は第3ポエニ戦争で活躍し,前147年,若年にしてコンスル(執政官)に選ばれ,アフリカの軍指揮権を与えられるや,軍規をたて直した末,カルタゴを攻囲,前146年これを滅ぼし,〈アフリカヌス〉の尊称を得た。

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世界大百科事典内のスキピオ[小]の言及

【ポエニ戦争】より

…しかしローマの同盟市はローマから離反せず,ハンニバルはマケドニアのフィリッポス5世およびシチリアのシラクサと結んだにもかかわらず,首都ローマを衝きえず,半島の南端に追いつめられて戦線も膠着した。しかし,イベリア半島を制圧したスキピオ(大)に率いられたローマ軍は北アフリカに渡り,前202年ザマの戦でハンニバルを破り,第2次ポエニ戦争もローマの勝利に終わった。その結果,カルタゴは海外領土をすべて失い,巨額の賠償金を科せられた。…

※「スキピオ[小]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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