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スクリャービン Aleksandr Nikolaevich Skryabin

百科事典マイペディアの解説

スクリャービン

ロシアの作曲家,ピアノ奏者。生地のモスクワ音楽院に学ぶ(同期生にラフマニノフがいる)。モスクワやヨーロッパ各地で演奏活動を繰り広げる一方,ショパンの影響の濃い《ピアノ協奏曲》(1897年−1898年)などを発表。
→関連項目印象主義

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世界大百科事典 第2版の解説

スクリャービン【Aleksandr Nikolaevich Skryabin】

1872‐1915
ロシアの作曲家,ピアニスト。調性に代わる新しい和声語法をいち早く実現したひとりで,音楽におけるロシア象徴主義の担い手でもある。1888‐92年にモスクワ音楽院に学ぶ。ピアノをG.E.コニュス,N.S.ズベーレフ,V.I.サフォノフに,作曲をタネーエフアレンスキーに学ぶ。最初の作風は西欧的アカデミズムの伝統を受け継ぎ,ショパンの影響を強く受けたものであったが,94年に出版者ベリャーエフの知遇を得,その後数回にわたる西欧旅行を体験する頃から,著しい進境を示し始める。

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大辞林 第三版の解説

スクリャービン【Aleksandr Skryabin】

1872~1915) ロシアの作曲家・ピアノ奏者。神秘主義思想に裏づけられた強烈な色彩感と独特な和声法を特徴とする。一〇曲のピアノ-ソナタ、三つの交響曲、管弦楽曲「法悦の詩」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スクリャービン
Skryabin, Aleksandr

[生]1872.1.6. モスクワ
[没]1915.4.27. モスクワ
ロシアの作曲家。フルネーム Aleksandr Nikolayevich Skryabin。法律家の父とピアニストの母のもとに生まれた。1888年モスクワ音楽院ピアノ科に入学,ピアノを V.サフォノフに,作曲をセルゲイ・タニェエフとアントン・アレンスキーに師事。1898~1903年モスクワ音楽院でピアノを教える。1905年パリに移る。同 1905年アルトゥール・ニキシュの指揮で『神聖な詩』初演。1906年アメリカ合衆国に渡り各地で演奏会を開く。ロシアに戻り 1910年セルゲイ・クーセビツキーとボルガ地方を演奏旅行し,1911年『プロメテウス』を初演。その後,ウィレム・メンゲルベルク,ヘンリー・ウッドらの援助のもとに世界的名声を博した。スクリャービンの和声法にはプロメテウス和音,または神秘和音と呼ばれる 4度の積み重ねでできた和音が使われている。作品はほかに,10曲のピアノ・ソナタ,『法悦の詩』などがある。(→ロシア音楽

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スクリャービン
すくりゃーびん
Александр Николаевич Скрябин Aleksandr Nikolaevich Skryabin
(1872―1915)

ロシアの作曲家、ピアノ奏者。モスクワの貴族の家系に生まれ、幼少よりピアノに親しんだ。個人的にピアノと作曲を学んだのち、モスクワ音楽院に入学。卒業(1892)後、著名な音楽出版業者ベリャーエフの知遇を受けて、作品の出版と西欧主要都市への演奏旅行を行う。一時母校で教鞭(きょうべん)をとったが、欧米諸国やロシア各地での自作演奏と創作活動に終始し、わずか43歳で没した。作曲家としてはショパンの影響下に出発したが、ニーチェの哲学、さらに神智(しんち)学に傾倒して以来神秘主義の独自の語法を確立、機能和声の枠を超えた20世紀の先駆的音世界をつくりあげた。後年には色、光、香りを加えた総合芸術も構想。10曲のソナタ(第5~10番は単一楽章制をとる)をはじめ、多数のピアノ小品とピアノ協奏曲1曲、『法悦の詩』(1905~08)や『プロメテウス――火の詩』(1908~10)などの管弦楽の大作がある。[益山典子]

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世界大百科事典内のスクリャービンの言及

【表現主義】より

…この時期の代表作としてシェーンベルクの《期待》(1909),《ピエロ・リュネール》(1912),ウェーベルンの《弦楽四重奏のための六つのバガテル》(1913),ベルクのオペラ《ウォツェック》(1912‐24)などがある。なお,ストラビンスキーの《春の祭典》(1913)や,スクリャービンの《プロメテ》(1910)なども同様な内容を持っている。十二音音楽無調音楽【佐野 光司】。…

【法悦の詩】より

…ロシアの作曲家スクリャービンの管弦楽曲(作品54)。4管編成の大オーケストラを駆使した作品で,1908年1月スイスで完成され,同年12月ニューヨークで初演された。…

【翻訳】より

…たしかに,この広義の翻訳の場合には,置換えが行われる記号系間の対応の設定は恣意的であるから,前記3種の記号系間翻訳と同列に並べるわけにはいかないだろうが,この類比によって人間の意識活動の微妙な側面が明らかになってくることを考えれば,決して無意味ででたらめなこととして退けるわけにはいかない。たとえば,ロシアの作曲家A.N.スクリャービンがその顕著な例であったように,ある一定の楽音を聴くと一定の色が感じられるという〈色聴〉といった共感覚synesthesiaは,少なくとも個人においては記号系間の対応が一定していることを示しており,したがって,前記(ヤコブソンによる分類)の記号系間翻訳に近い意味で,楽音世界の色彩世界への変換・翻訳,あるいはその逆の変換・翻訳を考えることが可能になる。このことは人間の意識が言語記号系を中心とするさまざまな記号系によって支えられており,それら相互の関係に〈翻訳〉が無縁でないことを意味している。…

【無調音楽】より

…広義には中心音をもたない音楽のことで,シェーンベルク,ウェーベルン,ベルクらの1908‐10年ころの作品から十二音技法による諸作品,同時期以降のスクリャービンのいくつかの作品,またその後今日に至るまでの,特定の中心音をもたない音楽全般を指す。その意味では,シェーンベルクの十二音技法は無調音楽の理論的組織化といえる。…

※「スクリャービン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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