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ストープス

百科事典マイペディアの解説

ストープス

英国の女性生物学者,産児制限論者。ミュンヘン大学で植物学博士号を取得して,マンチェスター大学講師。のち非難のなかで産児制限運動を主唱して多くの性に関する啓蒙書を発表した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ストープス【Marie Stopes】

1880‐1958
イギリスの産児制限論者。ロンドン大学で科学学士号,ミュンヘン大学で博士号(植物学)を取得後,マンチェスター大学の講師となる。ローヤル・ソサエティの補助金で調査のため来日(1907)。最初の結婚は不幸に終わり,その経験から女性としての結婚および性生活の啓蒙書《結婚愛》《賢明な親》(ともに1918)を執筆,内外で波紋を呼ぶ。熱烈な同志と再婚し,夫婦でイギリス初の産児制限診療所をロンドンに設立(1921)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ストープス
すとーぷす
Marie Carmichael Stopes
(1880―1958)

イギリスの古生物学者、性科学者、産児制限運動家。地質学、植物学などを学び1904年に学位を得て、女性で最初のマンチェスター大学教員となる。多くの書を著して古生植物学、化石学の権威となった。1907年(明治40)に来日して、東京帝国大学で講義をしている。その後カナダの植物学者と結婚したが、性生活の不一致から1916年に離婚。その間、性問題について研究し、産児制限と性教育運動に献身、医師やカトリック教会などから攻撃され裁判事件にもなっている。結婚生活の性的調和を説いた『結婚愛』Married Love(1918)と『賢い親』Wise Parenthood(1918)はベストセラーになり、前者は十数か国語に訳された。ほかにも性についての啓蒙(けいもう)書は多数あり、第二次世界大戦後は極東地域でも産児制限運動を行った。[白井尭子]
『『結婚愛』(平井潔訳・1953・理論社/青山節子訳・1976・鶏鳴出版) ▽マリー・ストープス著、馬島們訳「避妊乃研究」(『性と生殖の人権問題資料集成5 産児調節運動編5 編集復刻版』所収・2001・不二出版) ▽カーメン・ブラッカー著「マリー・ストウプス」(H・コータッツィ、G・ダニエルズ編、大山瑞代訳『英国と日本――架橋の人びと』所収・1998・思文閣出版)』

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