古代ギリシアの哲学者。小アジアのイオニア地方の町ミレトスの生まれ。フェニキア人の血を引くとも伝えられる。最初の哲学者、ミレトス学派の始祖であって、万物の元のもの(アルケー)は水であり、大地は水の上に浮かんでいると考えたと伝えられ、また、あらゆるものは神々に満ちていると考えたとも報告されるが、詳細は不明。
彼は七賢人の筆頭にあげられる多才な人物であって、ペルシアの権力に対抗するために連邦をつくって首都をテオスに置くようイオニアの諸都市を説得したとか、リディア王クロイソスがミレトスに同盟を結ぶよう要請した際、これに応じることを思いとどまらせたとかと伝えられ、また、紀元前585年5月28日におこった日食を予言したり、1年を365日に分け、1か月を30日と定めたりしたとも伝えられる。エジプトから幾何学を取り入れた人物とされ、ピラミッドの高さをその影の長さから測定したとか、円はその直径によって二等分される、二等辺三角形の底角は相等しい、二直線が交わるとき対頂角は相等しい、半円に内接する角は直角である、三角形は底辺と底角が与えられれば決定される、といった諸定理を発見したとも伝えられる。『航海天文学』という著作があったとされるが、何も書かなかったとするほうが真実らしい。
[鈴木幹也]
『山本光雄訳・編『初期ギリシア哲学者断片集』(1958・岩波書店)』
前580年ころ活躍したギリシアの哲学者。生没年不詳。タレス,アナクシマンドロス,アナクシメネスと続くとされる,いわゆるイオニア(ミレトス)学派の創始者。イオニアのミレトスの生れ。彼の活動は,幾何学,天文学,地誌,土木技術の分野のみならず,政治的実践など広範囲にわたった。イオニアの中央に位置するテオス市に全イオニア人のための政庁を置き,その他のポリスは一地方区とする彼の改革案は,その政治的実践活動を,リュディア王クロイソスのためにハリュス川の流れを変え橋をかけることなくその川を渡らせたという話は,その土木技術を,リュディア人とペルシア人の戦争を終末に導いた日食を彼が予言したことは,その天文学的知識を,メソポタミア,エジプト旅行を通じて知ったエジプトの測地術を普遍的な学としての幾何学にまで高めたとされているのは,その幾何学的知識を明らかにするものといえよう。また彼は,古来,ソロンらとともに七賢人のひとりとされている。
タレスは,アリストテレスにより,素材(質料)因を万有の原理とした最初の人物として哲学史の発端に位置づけられている。彼の思考のうちに,神話的思考からの脱却,ただ理性によってのみ世界を理解しようとする合理的思考の始まりを認めたからである。タレスは,超自然的な神々の名を持ち出すことなく,自然のうちに遍在し,われわれが日常経験する〈水〉によって万有の生成変化と構造の在り方を説明しようとした。すなわち,水から万有は成立し,また水へと還っていくとし,この意味で水は永遠であり(したがって神的でもある),万有の構成素であると考えた。しかし,タレスの〈根元者〉としての水は,たんに生命なき物質としてのそれではなく,アリストテレスも注目したように,万有のうちに遍在し,万有に生命と活動を与える生命原理--〈プシュケー〉(いのち,魂)--でもあったことが注意されねばならない。
執筆者:廣川 洋一
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…この呼称は,ピタゴラスを祖とするイタリア学派の呼称とともに,ペリパトス学派の伝統のなかで形成された分類法に基づくものである。この派に入るものとして,この地のミレトス市を中心に活動したタレス,アナクシマンドロス,アナクシメネスらのミレトス学派の哲学者がいる。この派は唯一つの原初的物質(アルケー)を想定し,これから世界が形成されるとしたが,これは真実在についての体系的説明としての哲学にとって,重要な一歩を踏み出すものであった。…
…
[ギリシアの幾何学]
幾何学の語源が示すように,幾何学は測量術から発達した。すなわち,古代エジプトでは,ナイル川のはんらんによって壊れた土地の境界を再現するために測量術が発達し,これによって図形に関する知識が集積されたが,これらはミレトスのタレスやピタゴラスらによってギリシアにもたらされ,合理的に研究されて幾何学に発達した。タレスは三角形が2角とそれらのはさむ辺によって定まることを利用して間接測量することを知っており,三平方の定理を証明したと伝えられるピタゴラス学派では,図形に関する知識を証明によって基礎づけることを行った。…
…そしてさらに隣国リュディアの弱体化に伴い,まさにオリエントに対する自己の社会的文化的アイデンティティの確立が促されているときであった。こうした状況を背景としながら,まずタレスは,万物の〈もとのもの(アルケー)〉を〈水〉であるとし,宇宙の森羅万象をこの水という物質的基体の生成変化として説明する。それまでの伝統的な〈神々の生成の物語(テオゴニア)〉はここに現実的な〈宇宙生成論(コスモゴニア)〉へと転換された。…
…つまり四大は日常の具体的物質というより,物質の形で想定された自然の構成原理である。このような意味での元素観はタレスに始まり,ヘラクレイトス,エンペドクレスらを経て上記の説に至った。各元素は固定的な実体ではなく,相互に流動,変化,循環を行い,その対立や調和が自然の理法をなす。…
…たとえば〈万事,度を越すな〉など穏健な処世訓を説く格言の作者とされる。もっとも普通のリストで挙げられるのは,ミレトスのタレス,アテナイのソロン,スパルタのキロンChilōn,ミュティレネのピッタコス,プリエネのビアスBias,コリントスのペリアンドロスPeriandros,リンドスのクレオブロスKleoboulos。このうち若干の者は他と入れかえられることがある。…
※「タレス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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