きわめて毒性の強い有機塩素化合物の一つ。狭義には、2.3.7.8-四塩化ジベンゾ-p(パラ)-ジオキシン(2.3.7.8-TCDD、以下TCDDと略す)をさす。この物質は、二つのベンゼン環を、二つの酸素原子で結びつけた骨格をもち、四つの塩素原子が対称位置に結合した分子構造をもつ物質で、無色の針状結晶として得られている。より一般的には、塩素原子が結合したジベンゾ-p-ジオキシン異性体(全部で75種)を含めて用いられる。
[森田昌敏]
ダイオキシンはきわめて特異な毒性をもち、それはダイオキシンの化学構造と密接な関連がある。四塩化ダイオキシンには全部で22種の異性体があるが、そのなかで毒性があるのは2.3.7.8-TCDDのみであり、ほかの異性体、たとえば1.3.6.8-TCDDには毒性がない。これは、2.3.7.8-TCDDのみがAhリセプターにあたかも鍵(かぎ)と鍵穴のような関係ではまりこみ、それが信号となって、生体反応がおこるためである。
鍵穴にあう物質としては、同じような化学構造をもつ2.3.7.8-四塩化ジベンゾフランやコープラナーPCBなどがある。このような物質は毒性のメカニズムを共有しているために、個々の物質ごとに毒性の係数(TEF、Toxicity Equivalency Factor)をかけて、その合計値(毒性等量TEQ、Toxicity Equivalency Quantity)により毒性の評価を行うことにしている。
[森田昌敏]
ダイオキシン類の主要な発生源は、(1)塩素化フェノールや関連する除草剤、PCBなどの工業化学品の不純物、(2)ごみ焼却や鉄・非鉄の回収過程などの熱化学的な副生、(3)塩素漂白などに伴う副生、である。日本での各種発生源からの排出量計算によれば、1997年のダイオキシン類の排出量は約8キログラムTEQ/年であったが、その後の「ダイオキシン類対策特別措置法」(平成11年法律第105号)の設置などにより、現在ではその発生量の90%以上が削減された。
[森田昌敏]
ダイオキシンはしばしば「人類が合成した最強の毒物」とよばれるが、それはモルモットの半数致死量が体重1キログラムあたり1マイクログラム程度とごく微量であることによる。ダイオキシンの毒性が及ぼす影響は生物の種によって大きく異なるが、いずれの動物においても胎児や胚(はい)がもっともダイオキシンに弱い。
ダイオキシンは強い発癌(がん)物質であり、また強い催奇形性物質でもある。胎児期に微量のTCDDの曝露(ばくろ)を受けると、成熟したあと精子数の減少や妊孕(にんよう)(生殖可能な状態や生殖能力を有する)率の低下をひきおこす。また脳神経系の発達が遅れるとされる。
ダイオキシンは吸収されやすい一方で、体内で分解されることがほとんどなく、排泄(はいせつ)もされにくいことから、体内に残留しやすい。体内半減期(体内にとりこまれた物質が半分に減るまでの時間)は7年~11年と推定され、代謝される速度より、新たに摂取・蓄積される量が勝るため、生体内濃度は永い年月をかけて上昇する。
ダイオキシンが次世代に影響を与えることも考慮して、世界保健機関(WHO)はその許容量としてきわめて低い値(体重1キログラムあたり、1日4ピコグラムTEQまで)を採用している。
2.4.5-トリクロルフェノールに起因する塩素にきび(クロルアクネ)という皮膚症状を調べていた西ドイツの皮膚科医K・シュルツが、そのなかに不純物として微量に含まれているTCDDが原因物質であると同定したのが1957年で、これがダイオキシン毒性研究の最初の報告である。このような2.4.5-トリクロルフェノール中のダイオキシン中毒は世界中で数多い。
中毒の一般的な症状としては、全身に広がるクロルアクネや、黒皮(こくひ)症のような皮膚症状のほか、吐き気や肝障害、頭痛、筋肉痛、神経過敏症、性欲減退など多様な神経症状を示している。
環境汚染による中毒例として、アメリカのタイムズビーチ、イタリアのセベソ、そしてベトナム戦争における「枯れ葉作戦」がよく知られている。1982年にアメリカのミズーリ州タイムズビーチで発生した中毒事故は、2.4.5-トリクロロフェノキシ酢酸製造工場の廃液が埃(ほこり)どめの原料として道路に散布されたために発生し、60頭以上のウマが死に、7人の中毒者を出している。1976年、イタリアのセベソでは、3.4.5-トリクロルフェノール合成工場において、反応器が高温となり、安全弁からTCDDを含む反応液が噴出した。折からの微風により運ばれた化学物質がセベソの町に降ったことにより、地域が汚染され、ウシを含む数百頭の動物が死に、または発病している。人において中毒症状を訴えたのは主として子供であり、135人の患者が公式に認められている。ベトナムでは1960年~1969年にかけて、ダイオキシンを微量含む除草剤(オレンジ剤、日本では枯れ葉剤という名称で知られている)が、アメリカ軍によって「枯れ葉作戦」の名のもとにベトナムの森林にまかれた。その後、流産、不妊、障害児の出生が指摘されており、ホー・チ・ミン市(旧、サイゴン)近郊のツーズー病院には障害児の標本が展示されている。また、ベトナム戦争に従軍した兵士の健康問題も課題となっている。
[森田昌敏]
『綿貫礼子著『毒物ダイオキシン』(1986・技術と人間)』▽『左巻健男、桑嶋幹、水谷英樹著『ダイオキシン 100の知識』(1998・東京書籍)』▽『斉藤忠雄著『産廃銀座・所沢からダイオキシン対策を問う』(1998・自治体研究社)』▽『立川涼著『提言ダイオキシン緊急対策』(1999・かもがわ出版)』▽『宮田秀明著『ダイオキシン』(岩波新書)』
ダイオキシンとは
ベンゼン核を2つもつ特定の塩素化有機化合物の総称で200種以上の物質が知られ、最近ではポリ塩化ビフェニール(PCB)も含め、ダイオキシン類と呼ばれています。最も毒性の強いのが2、3、7、8テトラクロロジベンゾダイオキシン(TCDD)で、混合物の毒性は各ダイオキシンのTCDDとの毒性比の総和(TEQ)で表されます。
ダイオキシンの歴史
かつての汚染源は農薬製造時の副産物でしたが、ヒトへの影響は不明でした。その後、1962~1972年のベトナム戦争で使用した
ヒトへの健康影響
動物実験から疑われている健康影響には、急性中毒、慢性中毒、発がん、生殖毒性(
急性中毒では、モルモットのダイオキシンの急性中毒量は青酸ソーダの6万倍とされていますが、大量曝露を受けたセベソの小児でも、急性中毒は顔の塩素
その他の毒性については、ダイオキシンの大量曝露を受けていた3つの集団、すなわち農薬の製造従事者、ベトナム参戦の米国軍人、セベソの住民延べ13万人について、曝露後15~50年の調査が行われています。幸いにして、すべての病気の総和の長期死亡率では19の報告のうちひとつを除いて有意の増加はありません。
ヒトの発がん性の調査では、26調査のうち6調査でのみ、しかもそのなかで通常の100~1000倍以上の曝露群で、かつ曝露後20年以上でのみ、がん死亡が1.4倍でした。
その他、ダイオキシンの催奇形性、免疫毒性、肝毒性、ホルモン異常については多くの調査でも明確な異常はみられていません。生殖毒性について、セベソの調査で、大量曝露事件のあと数年間、生まれた子どものほとんどが女児であったという報告がありますが、同様の日本や台湾での油症の調査では、このようなことはみられていません。
最近注目されているのが、胎児の時の曝露が生後の生殖機能や甲状腺異常に影響する可能性、すなわち環境ホルモン作用です。日本の調査では母乳中のダイオキシンと乳幼児の身体発育、甲状腺機能、精神発達、免疫機能との間に関係はみられませんでした。
かつて猛毒で最強のヒト発がん物質といわれたダイオキシンですが、幸いに母乳中の濃度も世界すべての国で過去30年にわたって一貫して低下し、約5分の1~2分の1になっています。いたずらに恐れることなく、正しい情報を入手し、疑わしきものは予防対策を立て、調査研究の結果で判断していくのが最善だと思います。
なお、日本でのダイオキシンの耐容1日摂取量(TD1)は詳細な動物実験の結果に10倍の安全率をかけて、4pg/㎏/日とされています。ほとんどの人の摂取量はこれ以下ですし、少しぐらいこの値を上回っても、ただちに影響がみられるというものではありません。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
ジオキシンともいう。代表的なものは,2,3,7,8-四塩化ダイオキシン(2,3,7,8-tetrachlorodibenzo dioxine。TCDDと略記)であるが,このほかにも,毒性の強い一群の類似物質が知られている。これらは,まとめてダイオキシン類あるいはダイオキシン関連物質と呼ばれる。
化学物質名としては,ダイオキシンは2個のベンゼン環が2分子の酸素で橋渡しされた構造をもつ有機化合物の総称である。しかし近年は,毒性が問題になる一群のものをダイオキシン類と呼ぶようになってきている。このようなダイオキシン類には,ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD),ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF),コプラナーPCBが知られている。TCDDはPCDDの一つである。これらのダイオキシン類は,大きさが類似した扁平な分子で,特定の位置にハロゲン(塩素や臭素)が結合していて,毒性を示す。ダイオキシン類のうち,最も毒性が強いのがTCDDである。
環境や人体などの汚染物質として,さまざまなダイオキシン類が検出されている。ダイオキシン類の汚染状況を総括的に見るために,TCDD毒性等価換算という手法がとられる。これは,TCDD以外のダイオキシン類について,TCDDとの相対的な毒性の強さを決めて(TCDD毒性等価換算係数),ダイオキシン類の汚染程度をTCDDの濃度として表す(TCDD毒性等価換算濃度。TEQと略記)ものである。
ダイオキシン類はきわめて微量で毒性を発揮する。ダイオキシン類は,癌や先天異常などのさまざまな健康障害を生じさせると考えられているが,その作用メカニズムには不明な点が多い。
ダイオキシン類の毒性が問題になった事件にはベトナム戦争時の枯葉作戦があり,アメリカ軍が散布した枯草剤(枯葉剤)の中にダイオキシン類が混入していたために,ベトナム人およびアメリカ軍兵士に被害が現れた。また1976年イタリアのセベソで化学工場の爆発が起こり,生成したダイオキシンが周辺都市部に降り注ぎ,住民に健康被害が出た。
1980年代以降は,世界各国で,ごみ焼却に伴うダイオキシン類の発生と環境汚染が問題になってきている。ごみ焼却に伴ってダイオキシン類が生成するメカニズムには不明な点が多い。塩化ビニルなどのプラスチック類の焼却は生成の一要因となるが,有機物と無機物に由来する塩素,炭素源,そして酸素があればダイオキシン類が生成すると考えられている。生成メカニズムが不明でも,ごみ焼却施設から排出されるダイオキシン類を少なくすることは可能である。燃焼温度を850℃以上にする,不完全燃焼を少なくする,集塵器に入る排ガスの温度を低温化する,などの対策を講ずることによって,環境へのダイオキシン類の排出量を少なくできる。現在,日本の各地のごみ焼却場では,このような対策がとられつつある。しかし,これまでにごみ焼却場から環境に放出されたダイオキシン類がかなりあり,環境を広く汚染していて,広範な食品汚染,人体汚染などが見られている。なお,97年12月から大気汚染防止法にもとづく排出規制が行われるようになった。
→生物兵器
執筆者:川口 啓明
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もともとは,ジベンゾ-1,4-ジオキシン骨格に対する呼称であるが,一般にはポリクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(PCDD)およびポリクロロジベンゾフラン(PCDF)の総称.毒性を有する.下図の1~4と6~9の位置に塩素が結合した構造をもち,塩素の位置,数により毒性が異なる210種類が存在する.なかでも2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD)はもっとも毒性が強いことが知られており,ダイオキシン類の毒性は2,3,7,8-TCDDの毒性の強さを1としてTEQ(Toxic Equivalent)という単位で表される.いずれも無色・無臭の固体.水に難溶,脂肪類に易溶.
塩素化されたビフェニル構造をもち,ダイオキシンと同様の毒性を示す物質,コプラナーポリクロロビフェニル(コプラナーPCB)をダイオキシン類似化合物という.ダイオキシンは,ベトナム戦争時に使用された枯葉剤に微量に含まれていたため,多数の奇形児が生まれる原因になったと考えられて以来,人体有害物質として注目を浴びた.都市部では廃棄物の焼却に伴い発生し,環境汚染物質として規制されている.また,塩素を含む有機化合物の製造工程や製紙用パルプの塩素漂白で副成することが知られており,製造工程の改良がなされている.[CAS 1746-01-6:TCDD]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 リフォーム ホームプロリフォーム用語集について 情報
…アメリカ軍はベトナム戦争においてゲリラの隠れ家と食糧源を破壊する目的で〈枯葉作戦〉を実施,大量の除草剤(枯葉剤と呼ばれた)を散布した。このため熱帯の密林に長期間の生態系破壊をもたらしたほか,不純物として含まれる2,3,7,8‐テトラクロロジベンゾ‐p‐ジオキシン(一般にTCDDあるいはダイオキシンと呼ばれる)の強力な発癌性,胎児への催奇性などが,住民および散布に参加した米兵に悲惨な災害を与えつつある。 このように化学兵器は化学工業が発達する過程で着想され,軍事用に開発されたが,非軍事産業の生産過程で毒物が生産されて汚染問題となる例も多い。…
※「ダイオキシン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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