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ダルゴムイシスキー ダルゴムイシスキー Dargomyzhskii, Aleksandr Sergeevich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダルゴムイシスキー
ダルゴムイシスキー
Dargomyzhskii, Aleksandr Sergeevich

[生]1813.2.14. トゥーラ
[没]1869.1.17. ペテルブルグ
ロシアの作曲家,ピアニストロシア国民楽派の開拓者の一人。 M.グリンカの影響を受け,オペラエスメラルダ』 (1839) ,『ルサルカ』 (55) ,未完の『石像の客』などにより,民族的色彩の濃い新様式を確立。

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デジタル大辞泉の解説

ダルゴムイシスキー(Aleksandr Sergeevich Dargomïzhskiy)

[1813~1869]ロシアの作曲家。ロシア国民楽派の一人。ロシア語の抑揚を生かした朗唱様式を完成し、ムソルグスキーらに大きな影響を与えた。歌劇「ルサルカ」「石像の客」など。

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百科事典マイペディアの解説

ダルゴムイシスキー

ロシアの作曲家。ロシア南西部のトロイツコエ(現トゥーラ州ベリョフ区)の貴族の家に生まれ,4歳でペテルブルグに定住。早くから音楽を学び,司法省官吏となるが1835年グリンカを知って作曲家を志す。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダルゴムイシスキー【Aleksandr Sergeevich Dargomyzhskii】

1813‐69
ロシアの作曲家。1835年M.I.グリンカとの出会いにより作曲家を志す。彼はロシア語の抑揚を旋律に生かす方法でグリンカの民族主義を発展させ,五人組,とくにムソルグスキーに影響を与えた。代表作に,プーシキンによる粉屋の娘と王子の恋の悲劇を描いた民族色の濃いオペラ《ルサルカ》(1856初演),同じくプーシキンによる未完のオペラ《石の客》(キュイとリムスキーコルサコフにより完成,1872初演)などがある。

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大辞林 第三版の解説

ダルゴムイシスキー【Aleksandr Sergeevich Dargomyzhskii】

1813~1869) ロシアの作曲家。ロシア国民楽派の先駆者として、ムソルグスキーやリムスキー-コルサコフなどロシア五人組に強い影響を及ぼす。オペラ「ルサルカ」「石像の客」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダルゴムイシスキー
だるごむいしすきー
Александр Сергеевич Даргомыжский Aleksandr Sergeevich Dargomzhskiy
(1813―1869)

ロシアの作曲家。幼時から家庭で音楽教育を受けたが、一般教育はペテルブルグで受ける。1831~43年司法省に勤務。34年グリンカと出会い、作曲に専心する決意を固める。44~45年のパリ滞在で母国の音楽文化を自覚、55年に国民オペラ『ルサルカ』を完成した。社会批判の立場から、とくに声楽作品においてリアリズムの方向を打ち出し、ロシア語の抑揚を生かした新しい朗唱様式(未完のオペラ『石の客』で有名)を開拓、ムソルグスキーらに強い影響を与えた。[寺本まり子]

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世界大百科事典内のダルゴムイシスキーの言及

【ロシア国民楽派】より

…当時のロシアでは,皇室の支持を受けてA.ルビンシテインが指導する〈ロシア音楽協会〉や音楽院が,職業的音楽家を養成して音楽の技術的水準を高め,西欧の古典音楽をロシアに定着させることを目ざしていた。国民楽派のメンバーは,このようなアカデミックな立場と対立し,〈無料音楽学校〉を開設して,音楽芸術の民衆化を図り,その演奏会では,自分たちの信奉する西欧の現代作曲家(ベートーベン,シューマン,ベルリオーズ,リストら)とロシアの先輩作曲家(グリンカ,ダルゴムイシスキーら)の作品や自作を宣伝した。 彼らの創作原理は民衆,それもロシアの民衆のなかに音楽の原点を求めたことに要約される。…

【ロシア・ソビエト音楽】より

…1804年にペテルブルグでデビューしたイギリスのピアニストで作曲家のJ.フィールドは,その後ロシアに住んで多くの弟子を育て,ロシア・ピアノ楽派の祖となった。 この世代の一連の貴族音楽家のなかでも,最も若い層に属するグリンカとダルゴムイシスキーは,ロシア音楽を国際的な水準にまで引き上げ,その後のロシア音楽の発展に大きな足跡を残した。グリンカのオペラ《皇帝にささげた命》(1836。…

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