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チャウシェスク チャウシェスク Ceauşescu, Nicolae

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チャウシェスク
チャウシェスク
Ceauşescu, Nicolae

[生]1918.1.26. スコルニチェシュティ
[没]1989.12.25. ブカレスト近郊
ルーマニアの政治家,大統領ルーマニア共産党書記長,軍司令官。貧農の家庭に生まれる。1936年共産党に入り,共産主義青年同盟で活動。第2次世界大戦中は,ソビエト連邦へ逃れた指導者たちがいた一方,ゲオルゲ・ゲオルギウ=デジらとともに獄中にあり,1944年8月のクーデターを迎えた。

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デジタル大辞泉の解説

チャウシェスク(Nicolae Ceauşescu)

[1918~1989]ルーマニアの政治家。スターリン主義を発展させた自主路線を展開。1974年には初代大統領に就任、独裁体制を確立したが、1989年12月の民主化で失脚し、夫人とともに処刑された。

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百科事典マイペディアの解説

チャウシェスク

ルーマニアの政治家。オルデア出身。ブカレスト経済アカデミーで学び,1933年共産党入党,1936年党地方書記となる。のちの第一書記ゲオルギウ・デジらとともに第2次大戦中は国内の獄中にあった。
→関連項目ブカレスト

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チャウシェスク
ちゃうしぇすく
Nicolae Ceauescu
(1918―1989)

ルーマニアの政治家。オルテニア地方の農家の出。職を求めてブカレストに出て、1933年に青年共産同盟に入り、1936年に共産党加入と同時に青共の地方書記に就任した。同年から2年半投獄され、出所と同時に青共中央の書記になり、またブカレスト経済専門学校に学んだ。1940年からふたたび投獄されたが、獄中でゲオルギュ・デジらとの連帯感を育てた。1944年の反枢軸クーデターのあと出獄、1948年に党中央委員となった。戦後初期の勢力基盤は軍であった。1944年から准将の資格で軍の政治委員になり、1950年に少将に昇進、国防次官となった。1952~1955年には党中央委組織局長を務め、基盤をさらに固めた。スターリン死(1953)後の政治的動揺の過程でデジにその精力と組織能力を買われ、1954年に党書記、1955年に政治局員に選任された。1965年のデジの死後、47歳の若さで党第一書記に就任し、デジが開始した自主路線をさらに発展させた。権限の集中が特徴的で、党書記長兼大統領のほか、統一戦線、国防、経済、イデオロギーなどの最高機関の議長を兼任した。1989年の民主化で失脚、死刑となった。[木戸 蓊]
『N・チャウシェスク著、草野悟一訳『平和と国際協力の政策』(1972・恒文社)』

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