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ツェラーン ツェラーン Celan, Paul

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ツェラーン
ツェラーン
Celan, Paul

[生]1920.11.23. ルーマニア,ツェルノウィッツ
[没]1970.5.1. パリ
オーストリアのユダヤ系詩人。本名 Paul Antschel。第2次世界大戦中は各地を逃れ歩き,強制収容所の体験もある。 1948年以降パリに定住,教師,翻訳業のかたわら詩作を続け,セーヌ川に投身自殺するまで孤高の純粋詩人の道を守りぬいた。

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デジタル大辞泉の解説

ツェラーン(Paul Celan)

[1920~1970]ルーマニア出身のドイツユダヤ人の詩人。第二次大戦中はナチス‐ドイツによって強制収容所へ送られたが生きのび、戦後パリに居住。象徴主義シュールレアリスムの影響を受けた。大胆で独自な隠喩で知られる。詩集「罌粟(けし)と記憶」所収の「死のフーガ」では強制収容所の体験を綴(つづ)った。他に「誰でもないものの薔薇(ばら)」「迫る光」など。ツェラン。

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百科事典マイペディアの解説

ツェラーン

詩人。チェルノフツィ(現ウクライナ)のドイツ系ユダヤ人の家庭に生まれた。1948年以降パリに在住。《骨壺の砂》《けしと記憶》《言葉の格子》などの詩集がある。シュルレアリスム的な幻想的詩風にはじまり,徹底的な実験による言語との闘いを経て,凝縮された独自の詩的表現を開拓。
→関連項目ホルトゥーゼンマンデリシタム

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世界大百科事典 第2版の解説

ツェラーン【Paul Celan】

1920‐70
詩人。ドイツ系ユダヤ人の子として,当時ルーマニア領(現,ウクライナ領)のチェルノフツィに生まれ,1948年以降,パリに住む。本名アンチェルPaul Ancel。その出自と来歴が,詩人に,ドイツ語にたいするある緊張・葛藤を強いたであろうことは,想像に難くない。70年,自殺。シュルレアリスムの影響をうかがわせる初期の幻想的な形象世界から,象徴主義の言語意識を批判的に継承した,中期の自虐的なまでの実験的試行を経て,後期の極度に凝縮された,異様なほどに晦渋な言語表現にいたる,その作品群は,第2次大戦中の強制収容所体験に根ざした個人史的事象や,ユダヤ神秘思想,時事的関心,ハイデッガーアドルノとの関係など,さまざまな問題をはらむものである。

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大辞林 第三版の解説

ツェラーン【Paul Celan】

1920~1970) ルーマニア生まれのドイツ系詩人。パリに住んで、象徴主義の影響を受けた隠喩に富む詩を書いた。詩集「罌粟けしと記憶」「誰でもないものの薔薇」「光の強迫」など。ツェラン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ツェラーン
つぇらーん
Paul Celan
(1920―1970)

ドイツ系ユダヤ出自の詩人。本名アンチェルAntschel。生地は北部ルーマニアのチェルノフツィ(現ウクライナ)。第二次世界大戦中、両親は強制収容所で死亡、自身も強制労働に従事する。戦後パリに学びフランス市民権を獲得。1959年以降パリ大学で教鞭(きょうべん)(ドイツ文学)をとるかたわら、ドイツ語での詩作・翻訳を続けたが、生涯ドイツには住まなかった。セーヌ川に投身自殺。作品は表現・題材ともにきわめて重く難解だが、確かな肉体感をもち奥行がある。シュルレアリスムや象徴主義の影響を受けた初期から、稀(き)(奇)語(ご)・造語を駆使して凝縮した詩世界をつくりだす後期まで、酷使とみえるほどにことばの能力が拡大され続ける。詩自体を状況化し、新たな現実への接近を求めるこの強靭(きょうじん)な言語意識は、徹底した現実批判・現実否定から生まれた。だが一方、伝達可能性の極限にまで詩を追い込みもした。素材は人類史、ユダヤ神秘思想、時事など多岐にわたる。詩集は『罌粟(けし)と記憶』(1952)、『言葉の格子』(1959)、『無者の薔薇(ばら)』(1963)、『息の転回』(1967)、『糸の太陽』(1968)、『光の強迫』(1970)など。ビュヒナー賞受賞講演「子午線」(1960)は良質の詩論である。フランス・ロシア・英・イタリア・ポルトガル・ヘブライ語など、量において作品に勝る詩の翻訳もまた彼が稀有(けう)なことばの遣い手であることを示す。[檜山哲彦]
『飯吉光夫訳『ツェラン詩集』(1972・思潮社) ▽飯吉光夫訳『迫る光』(1972・思潮社) ▽飯吉光夫訳『雪の区域(パート)』(1985・静地社) ▽飯吉光夫訳『パウル・ツェラン詩論集』(1986・静地社)』

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