改訂新版 世界大百科事典 「トゥルシーダース」の意味・わかりやすい解説
トゥルシーダース
Tulsīdās
16~17世紀の北インドでビシュヌ派のラーマ信仰を歌った詩人。自作の記述および信徒列伝などによると,1532年に現在のウッタル・プラデーシュ州バーンダー県の村の貧しいバラモンの家に生まれた彼は,幼くして父母と別れざるをえなくなって物乞いをして歩くうちに,ある寺院に身を寄せるようになったという。ある師(詳細不明)の教えによりラーマ信仰の道にはいり,国を追われたラーマ王子とシーター妃が住んだとされるチトラクートの山中にこもって修行した。ラーマ王子の都アヨーディヤーに住んだあと聖地にして学都のカーシー(現,ワーラーナシー)に移り,そこで1623年に没したといわれる。こうして各地をめぐり歩くうちに,彼は幾多の思想的・文学的な潮流に接した。
トゥルシーダースは当時の主要な詩形を縦横に駆使して,多数の華麗な詩を編み,12の詩集を残している(そのほか27の詩集が彼の作とされるが,真作とは認めがたい)。彼はまた,当時の北インドの主要な文学用語のアワディーとブラジュ・バーシャーの両方に通じていて,前者では叙事詩《ラーム・チャリット・マーナス》ほか,後者では短詩集《ギーターワリーGītāvalī》《カビターワリーKavitāvalī》などを著した。トゥルシーダースの功績は,相互に対立・矛盾する種々の思潮を調整・統合して,人は自分に課せられた役割を果たすことにより解脱できるという教えを説いたことにある。その際彼は,民間の平易な歌謡,流布する伝説から形式と素材を採り,それらを磨きあげて華麗な文学作品としたのだった。彼の影響は,ビシュヌ派のラーマ信徒のみならず,広くヒンドゥー社会全体に及んでいるため,19世紀以降精力的にキリスト教の布教に励んだ宣教師たちが,布教の対象の思想を知る目的から彼についての詳細な研究を行い,主要作品の翻訳をした。
→ラーム・チャリット・マーナス
執筆者:坂田 貞二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報