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トルベツコイ トルベツコイTrubetzkoi, Nikolai Sergeevich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トルベツコイ
Trubetzkoi, Nikolai Sergeevich

[生]1890.4.25. モスクワ
[没]1938.6.25. ウィーン
ロシアの言語学者。貴族の家に生れて,ロシア革命を逃れ,1922年以降死ぬまでウィーン大学教授の職にあった。スラブ語派,フィン=ウゴル語派,カフカス諸語など多くの言語を対象として比較言語学的研究をし,また一般言語理論にも貢献した。しかし彼が最もよく知られるのは,ソシュールや J.ボードアン・ド・クルトネーの影響を受けて音声の研究に音韻的対立と相関関係の概念を導入し,プラハ学派の有力メンバーとして,R.ヤコブソンらとともに音韻論を創始したことによる。著書で最も重要なのは死後出版された『音韻論の原理』 Grundzüge der Phonologie (1939) 。

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デジタル大辞泉の解説

トルベツコイ(Nikolay Sergeevich Trubetskoy)

[1890~1938]ロシア生まれの言語学者。ヨーロッパ構造言語学の発展に貢献、特に新しい音韻論の方法論を確立した。

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世界大百科事典 第2版の解説

トルベツコイ【Nicolai Sergeevich Trubetskoi】

1890‐1938
言語学者。モスクワ大学哲学教授S.N.トルベツコイを父としてロシア貴族の家に生まれ,早くから民族誌学に関心をもつ。モスクワ大学を卒業してライプチヒに学んだ後,母校で比較言語学を講ずる。革命を逃れてロストフ大学,ソフィア大学に転じ,22年にはウィーン大学教授。プラハ言語学派の中心人物の一人で《音韻記述への手引Anleitung zu Phonologischen Beschreibungen》(1935),《音韻論要理Grundzüge der Phonologie》(1939)によりプラハ言語学派音韻論の方向を定めた。

トルベツコイ【Sergei Petrovich Trubetskoi】

1790‐1860
ロシアの革命家デカブリスト。公爵の家柄に生まれ,近衛連隊の士官としてナポレオン戦争に従軍。帰国後デカブリストの結社〈救済同盟〉〈福祉同盟〉〈北方結社〉の設立に参加し,その指導者の一人となる。立憲君主制農奴解放をめざす穏健な改革を主張。1825年12月14日のデカブリストの蜂起の前夜,蜂起軍の総指揮官に選ばれたが,時期尚早と考え,蜂起予定の元老院広場には姿を現さなかった。裁判により最初死刑の判決を受けたがシベリア苦役に変更になり,39年からはイルクーツクの近くで流刑生活を送った。

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大辞林 第三版の解説

トルベツコイ【Nikolai Sergeevich Trubetskoi】

1890~1938) ロシア生まれの言語学者。プラーグ学派の中心人物の一人として活躍し、音韻論の体系を確立した。

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世界大百科事典内のトルベツコイの言及

【音韻論】より

…そこで〈こえ〉の標識をもつ/b/を有標項marked,もたない/p/を無標項unmarkedと呼ぶ。二つの音素がその弁別的素性を共有していて,ある素性の有無によってのみ区別される場合をN.S.トルベツコイは欠如的対立と名づけている。同じく鼻腔共鳴をもつ有標項の/m/と,もたない無標項の/b/も欠如的対立をなす。…

【スラブ学】より

… 西ヨーロッパのスラブ学は,前述のウィーンを除けば,ドイツとフランスが中心となっており,ドイツでは古代教会スラブ語を研究したレスキーンAugust Leskien(1840‐1916),ディールスPaul Diels(1882‐1963),《ロシア語語源辞典》のファスマーMax Vasmer(1886‐1962),バルト・スラブ関係研究のトラウトマンReinhold Trautmann(1883‐1951),フランスではインド・ヨーロッパ語学者で《共通スラブ語》のメイエ,ロシア文学研究のマゾンAndré Mazon(1881‐1967)などの名があげられる。なお,ウィーンでは,ロシアの言語学者で音韻論の創始者N.S.トルベツコイが1922年よりスラブ文献学の講座を担当した。第2次世界大戦をきっかけにヨーロッパの有力な学者がアメリカに亡命し,スラブ学は新大陸にも拡大した。…

【ユーラシア主義】より

…1920~30年代のロシア人亡命者の間にみられた一思潮。1920年N.S.トルベツコイ公がブルガリアのソフィアで《ヨーロッパと人類》を発表し,翌年,G.フロロフスキー,P.サビツキー,P.スブチンスキーが加わって,同地で論集《東方への脱出》を出版したときに成立した。彼らはロシア国民をヨーロッパ人ともアジア人とも異なる,ユーラシア人と規定し,この立場からとくにヨーロッパ文化を批判し,ロシア独自の歴史的発展の道を提唱した。…

※「トルベツコイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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