翻訳|totemism
未開社会に見いだされた,社会集団と動植物や事物の特定の種speciesとの間の特殊な制度的関係を,研究者たちはトーテミズムと呼んできた。その特定の自然種がトーテムtotemであるが,この語はアメリカ・インディアンのオジブワ族の言葉に由来する。はじめはトーテムの像として〈トーテム・ポールtotem pole〉を作るアメリカ・インディアン諸族に固有の習俗と思われていたが,トーテミズムという用語が生まれるとともに,オーストラリアやメラネシア,ポリネシア,インド,アフリカなど各地の事例が報告されるにつれ,19世紀後半から多くの研究者の関心を集めるようになった。とりわけ当時,最も原初的な文化をもつと考えられていたオーストラリア諸社会に豊富な事例が見いだされたこともあり,トーテミズムは人類史における宗教現象の起源の問題として論じられた。
人間集団と自然種の間のトーテミズムと呼ばれる制度的関係とは,典型的には次のような要素からなる。(1)社会が氏族や外婚制集団のように明確な境界をもつ社会集団に分かれており,それぞれの集団が特定の自然種をトーテムにしている,(2)各集団はそのトーテムの名で呼ばれている,(3)トーテム種と集団の祖先とが親族関係にあると語られている,(4)集団成員にトーテム種を殺したり食べてはならないという禁忌(タブー)が課せられている,(5)トーテム種に対して集団的儀礼を行う,などである。しかし,これらの条件をすべて満たす理想的なトーテミズムをもつ社会はない。研究者たちは,この理念型に近いもののみをトーテミズムと限定して,その論理を説明しようとするか,あるいは理念型にあわぬ多くの事例をも含めて類型化しようとしてきた。理念型の論理の説明には,食料など有用物を確保するためにトーテムとして特定の集団に捕獲を禁じ,その集団が儀礼を通じてトーテム種の増殖をつかさどるという,有用物の確保を目的とする呪術的体系であるとする説(J.G. フレーザー)などがある。しかしこの説明は,典型的とみなされるオーストラリア社会のトーテミズムでも,トーテムとされる動植物は有用なものだけではなく,蚊のようなものや下痢などの病気もトーテムとされるという事実にそぐわない。また,類型化の試みも,たとえば特定の個人に禁忌が課せられる個人トーテミズムや性によって異なった動物種と結びつく性トーテミズムなど,さまざまな事例がトーテミズムとして類型化されているが,類型をこのように細分化すればするほど,トーテミズムとは何であるかがあいまいになっていくという問題に直面するようになる。
20世紀半ばになり,人類学者たちが一つの社会の詳しい実地調査による事例報告に専念するようになると,特定の社会のトーテミズムにはその社会固有の機能があり,各社会の事例の間には一般化できないほどの変差があることが明らかになってきた。そこで研究の主眼は一般理論から特定社会のトーテミズムの特殊な個別的分析へと移り,トーテミズムという用語は,社会集団の統制のために神話や儀礼を通じて象徴的に設定された人間と自然との関係の体系という,漠然とした現象を慣例的に指示するものとしてのみ用いられるようになった。そしてさらに,60年代にレビ・ストロースは,トーテミズムは研究者のつくりあげた幻想であり,問題はトーテミズムとは何かではなく,この概念を捨てることが重要であるとした。すなわちトーテミズムは,自然と文化という二つの系の対応によってそれぞれの系の差異を認識可能なものとして構造化するという,より一般的な問題の中に解消される。つまり,トーテミズムは,ある社会集団が,動植物の種差という自然の系の差異との対応関係を用いて,他集団との差異関係および自集団の同一性を表す意味伝達の一体系となる。ただし,その自然の系における差異は,レビ・ストロースが示唆するような動植物の一貫性をもつ分類体系内の種差というより,鉱物や天候や病気なども含め雑然と寄せ集められた非組織的な集積の中で再構成されて生まれる差異というほうが正確だろう。しかし,いずれにしろ非組織的に寄せ集められた一連の自然種に各種の社会集団を対応させた関係を,トーテミズムの名のもとに類型化しようとすれば,自然種と社会的単位それぞれの,断片への切刻みに終わってしまい,より根底的な一個の認識装置としての,自然と文化の対応関係そのものが見えなくなってしまうきらいがある。
執筆者:小田 亮
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個人あるいは特定の集団が,特定の種類の動物,植物あるいはその他の自然物と神秘的な関係にあり,それに応じて個人や集団の行動が規制される現象。氏族が特定の動物をトーテムにする形式がふつう。また文化圏説の父権トーテミズム文化圏という考えは今日支持されていない。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…このような氏族は,とくに〈トーテム氏族totemic clan〉と称される。アメリカ,オーストラリア,メラネシア,ポリネシア,アフリカなどにみられるが,とくにアボリジニーのあいだでは,トーテミズムは重要な意味をもっている。氏族はトーテムとされる動植物・自然現象と特定の関係をもっており,トーテムに対する豊饒儀礼を行ったり,トーテム種を食べないことによって尊敬の念を表したりする行為がともなっている。…
…多くの民族の観念的で,象徴的な対立の中で最も重要なものは〈自然〉と〈文化〉の対立であると主張する。またたとえば,特定の動植物を集団の始祖としているトーテミズムという制度において,特定の動植物がトーテムに選ばれるのは,それが実利性をそなえているからではなく,自然界における対立と対(つい)が集団の対立と対の関係を表すのに用いられたのだとレビ・ストロースは解釈する。たとえばオーストラリアのある原住民の村は,半族(双分組織)と呼ばれる二つの集団に分かれ,一方はワシをトーテムとし,他方はカラスをトーテムとしている。…
※「トーテミズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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