ある人と瓜二つの人のこと。ドイツ語圏の〈ドッペルゲンガー(二重身)〉のほか,英米圏では〈ダブルdouble〉,中国では〈離魂〉または〈離魂病〉,日本では〈分身〉〈影法師〉〈影の病〉〈影の煩い〉などの名で,神話,伝説,迷信などに古くから登場し,霊魂が肉体から分離して有形化したものとか,二重身の出現はその人物の死の前兆などと信じられた。たとえば,中国には次のような話がある。ある女に許嫁(いいなずけ)の男がいて,彼が都に上ろうとするが,女は病気で同行できない。そこで離魂して一体二形となり,一形は男の跡を追って共に住み,二人の子まで生む。5年後,親子がもどってくると,病臥中のもう一形が喜んで迎え,そこで二人の女は一体となったという(陳玄祐《離魂記》)。近代文学でも,E.T.A.ホフマン,E.A.ポー,ドストエフスキー,芥川竜之介らの作品にこの主題が多彩な内容で登場する。
今日ではしかし,二重身というと,自分自身の姿,つまりもう一人の自分を自分で見るという〈自己像幻視Heautoskopie〉の意味で用いられることが多く,精神病,とくに統合失調症やてんかんの症状として一般に現れる。正常者でもときに体験することがあり,過労や心労によって意識水準がある程度低下し,そのため自己の身体像が外界に転位されて感覚性を帯びたものと説明される。ゲーテが《詩と真実》で述べているのもそうで,〈恋人のフリーデリーケと別れた苦悩に満ちた日……私が馬に乗ってドルーゼンハイムのほうへ少し行くと,向こうの道から金糸入りの灰色の上衣を着て馬に乗ってやってくる自分の姿が見えた。この幻像は私がその時の夢のような状態から逃れるために頭をふると,すぐに消え失せた〉とある。ちなみに,いわゆる二重人格(多重人格)が女性に多いのと対照的に,この二重身は男だけに起こるのが特徴とされる。
→幻視
執筆者:宮本 忠雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…〈象徴〉や〈イメージ〉がよみがえったのは,鏡が冷たい無機物の反射をやめたときである。とりわけ,実在性を強めてきた鏡像が,二重身体験(ドッペルゲンガー)を導くのは,ロマン派およびそれ以後の好みのテーマであった。E.T.A.ホフマンは,《大晦日の夜の椿事》で自分の鏡像を失った男を描いた。…
※「ドッペルゲンガー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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