一般に細胞の内外で1価カチオン(陽イオン)は不均一に分布している。すなわち細胞内液のカリウムイオンK⁺の濃度は外液に比べてはるかに高く,逆にナトリウムイオンNa⁺の濃度は細胞内液の方が外液より低くなっている。この両イオンの濃度こう配は,両イオンの電気化学的ポテンシャル差に抗して,絶えず能動的にこれらイオンを輸送することによって維持されている(これを能動輸送という)。一般にATPの化学エネルギーを直接的に利用してイオンをくみ出したり,取り込む能動輸送の機構をイオンポンプion pumpと呼ぶ。動物細胞では細胞膜に,ATPをエネルギー源として能動的にNa⁺をくみ出しK⁺を取り込むカチオン輸送系が存在しており,これを特にナトリウムポンプと呼ぶ。このポンプは生体中に広く分布しており,このポンプによって,生体の全基礎代謝エネルギーの約25%が消費されると概算されている。このことはNa⁺とK⁺の濃度こう配の形成が生理機能に重要な役割を担っていることを反映している。たとえば,これらのイオンの輸送により,細胞内イオン環境,浸透圧が調節され,細胞の体積が一定に維持されているし,また細胞内の高濃度のK⁺の存在はタンパク質合成をはじめとして多くの代謝系の酵素にとって必須である。さらに神経細胞や筋繊維の興奮性の発見には,Na⁺,K⁺の濃度こう配の存在が前提条件である。腸管における糖やアミノ酸の吸収や腎臓,尿細管上皮細胞における再吸収にも,ナトリウムポンプが重要な役割を担っている。
ナトリウムポンプの実体として,Na⁺,K⁺-ATPアーゼと呼ばれる酵素であることがわかっている。この酵素は,Na⁺,K⁺,Mg2⁺の三つのイオンの共存状態下でのみ,活性を発現するATPアーゼで,1957年スコウJ.C.Skouによってカニの末梢神経ではじめて見いだされた。Na⁺のくみ出しとK⁺の取込みは緊密に共役しており,Na⁺,K⁺が逆方向にともに能動的に輸送される。Na⁺とK⁺の対向輸送は1:1で共役しているのではなく,1分子のATPが加水分解される時,3個のNa⁺と2個のK⁺が運ばれ,したがって正味の電荷の移動を伴う起電性electrogenicのポンプとして働くことが知られる。このポンプは強心配糖体であるウワバインによって特異的に阻害される。植物および微生物にはこの種のNa⁺,K⁺-ATPアーゼは存在しない。
執筆者:大隅 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
Na+,K+-ATPアーゼともいう.ATPのエネルギーを使って細胞外に Na+ をくみ出す分子で,αβサブユニットからなる.α(約113 kDa)サブユニットにATPアーゼ活性があり,β(約55 kDa)には糖鎖がついている.細胞膜に埋め込まれたタンパク質製のポンプで,ATPを1分子消費するごとに3個の Na+ を細胞外に排出し,2個の K+ を細胞内に取り込む.その結果,多くの細胞では,Na+ 濃度は,内部が外部の10分の1以下であり,逆に K+ 濃度は内部が外部の20倍以上になっている.このようにして形成される細胞内外の Na+ の濃度勾配を利用して,細胞の活動に必要な素材(糖やアミノ酸など)が細胞内に取り込まれる.Na+,K+-ATPアーゼはすべての細胞に存在し,それなしでは細胞は生存できないという意味で,細胞の世界のキングとよばれることもある.人が1日に消費するATPは,重さにしてほぼその人の体重に匹敵するが,そのうちの約20% がこのポンプの駆動に使われている.また,Na+,K+-ATPアーゼによって運ばれる電荷のみを考えると,外部に Na+ として3個,内部に K+ として2個ゆえ,差し引きすると細胞内がマイナスとなる.Na+,K+-ATPアーゼが活発にはたらいている神経細胞では,内部がかなりのマイナス(静止電位)となっている.神経細胞や感覚細胞では,刺激受容時に外部から内部に向かって Na+ が流入し,細胞内が一過性にプラス(活動電位)となる.Na+,K+-ATPアーゼは腎臓にも多く含まれている.ここでは種々のイオン輸送体に駆動力を供給し,体内の電解質バランスの保持に寄与している.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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…それら担体はそれぞれ特異的に結合する物質がきまっており,かつ個々の担体はナトリウムイオンNa+とも同時に結合する性質をもっており,有機溶質とNa+はともに膜輸送される(このような輸送を共輸送という)。Na+と共輸送されると,Na+の細胞内への流入に連結して有機溶質は濃度こう配に逆らって輸送されるようになり,細胞内に入ったNa+は反対側の膜にあるナトリウムポンプとよばれる機構によってエネルギーを消費しながら細胞外にくみ出される。有機溶質は通常,いったん細胞内にたまり,次いで反対側の膜を通って細胞間質に移行し,毛細血管内に流入する。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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