ナポレオン法典(読み)ナポレオンほうてん(英語表記)Code Napoléon; codes napoléoniens

  • Code Napolon
  • ナポレオンほうてん ナポレオンハフテン
  • ナポレオンほうてん〔ハフテン〕
  • ナポレオン法典 Code Napoléon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

1804年3月 21日の「フランス人の民法典」。ナポレオン1世は 07年の法律により,これにみずからの名を冠し Code Napoléonとした。またナポレオン1世治下に制定された5法典 (民法商法民事訴訟法刑法,治罪法) を総称して codes napoléoniensと呼ぶこともある。民法典は近代資本主義要請を満たす近代市民法典の先駆として,ヨーロッパをはじめ世界の国々の法典の模範となった。その特色は個人主義,自由主義原理に貫かれている点にあり,所有権の絶対 (544) ,契約の自由 (1134条) ,過失責任 (1382条) の諸原理にそれがよく表われている。全文 2281条から成り,人,物,債権債務という『法学提要』式の編別をとっている。文体,規内容が簡潔,明白で市民生活に親しみやすく,多くの改正が加えられたとはいえ,フランスの現行民法典として存続している。

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百科事典マイペディアの解説

ナポレオン1世治下に制定された5法典(民,商,民訴,刑,刑訴)。普通はこのうちフランス民法典のみをさす。〈コード・ナポレオン〉といい,この呼称は1807年同民法典の正称とされたが,今日では〈コード・シビル〉の名称が公に用いられる。
→関連項目注釈学派ナポレオン[1世]ナポレオン戦争ライン同盟

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世界大百科事典 第2版の解説

1804年3月21日の法律によって制定されたフランスの現行民法典。初め〈フランス人の民法典Code civil des Français〉と題されたが,07年9月3日の法律でナポレオンの名を冠することとなった。法典の正式名称はその後数次にわたって改められ,第三共和政以降は単にCode civilとされているが,同法典の歴史的呼称としては今日でも〈ナポレオン法典〉の語が用いられる。 旧制下における北部慣習法南部成文法対立を克服して統一民法典を実現することは,革命期諸議会の重要な課題であった。

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大辞林 第三版の解説

1804年ナポレオンが制定したフランス民法典。個人主義、自由主義を貫き、市民法典の範となる。11年までに完成した民事および刑事訴訟法・商法・刑法を加えた総称としても用いる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナポレオンが4人の編纂(へんさん)委員(トロンシェ、ビゴ・ド・プレアムヌー、マルビル、ポルタリス)に起草を命じ、強大な政治力を利用して制定したフランス民法典。1804年公布。3編2281条(1975年に2か条付加されて現在は2283条)からなる。この法典のとっている所有権の絶対性、契約自由の原則、過失責任主義などの立場は、近代市民法の基本的原理として、その後に制定された各国の民法典の模範となった。日本の現行民法にもナポレオン法典は旧民法を通じて強い影響を与えている。制定以後、さまざまな立法による修正や判例法による補充を受けてきたが(ことに家族に関する部分は1960年以降の数次の改正で全面的に改まっている)、法典そのものは今日でも生き続けている。なお、ナポレオン法典という名称は、まだ廃止されていないが、19世紀末ごろから「民法典」Code civilという名称が公式にも用いられるようになってきており、今日ではこの名称を用いるほうが普通である。
 また、ナポレオンの制定した五つの法典(民法典のほか、商法典、民事訴訟法典、刑法典、刑事訴訟法典)を総称してナポレオン法典とよぶこともある。[高橋康之]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ナポレオン一世の制定したフランスの民法典。一八〇四年公布。全文二二八一か条、身分編、財産編、財産取得編の三部からなる。法の前の平等、私的所有権の不可侵、個人の自由、信仰の自由などを基本原則とし、世界の市民法に大きな影響を及ぼした。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

1804年3月,ナポレオン1世が第一統領時代に公布した民法典
3編2281条からなる。従来慣習にしかすぎなかった民法を統一し,市民革命の成果を含め,個人主義・自由主義に立脚して,法の前の平等,思想・信仰の自由,財産権の不可侵など市民社会の基本原理を規定した。のち,民事訴訟法・刑事訴訟法・商法・刑法を追加して1811年に完成し,さらに部分的改定をへて現行の法典に至る。近代諸国家の民法の模範となっており,ナポレオン自身も自己の最大の業績とみなしていた。『ハンムラビ法典』や『ユスティニアヌス法典』とともに世界の三大法典といわれる。

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世界大百科事典内のナポレオン法典の言及

【相続】より


[市民革命と相続法]
 フランスについて見るならば,ローマ法に従った南部成文法諸地域の相続法とゲルマン法に属した北部慣習法諸地域のそれとの対立がアンシャン・レジーム下の法のあり方の基本的特徴であった。1789年の革命は,相続法の全国的統一をはかり,その内容の近代化を進めるうえで最大の画期をなし,その成果は,1804年のナポレオン法典に継承された。まず,封建制の廃棄によって封地と自由地の区分が否定されたことから,財産の性質・由来等に基礎をおく相続原理が廃止され,他方,長男子相続権が否定されて男女平等の共同相続原理に一元化された。…

【法典編纂】より

…国家による体系的・組織的な成文法規の作成をいい,社会の変動に応じて個々の法律や慣習などを整理統一する目的で行われる場合もあるが,とくに革命などの政治的大変動ののちには新しい法原理に基づく大規模な法典編纂が行われる。19世紀初頭の〈ナポレオン法典〉は,市民法典の先駆として歴史的に有名であり,ヨーロッパ大陸諸国をはじめドイツや日本の法典編纂にも大きな影響を与えた。
[ヨーロッパ]
 抽象的法原理,法命題を含む包括的体系的な立法をもって法典編纂の定義とすれば,かかる法典編纂の第一波はヨーロッパでは18世紀に到来した。…

【ポティエ】より

…学風は,同時代のドイツなどの自然法学派の影響や彼独自の哲学といったものはなく,現実主義・実用主義的傾向が強かった。数多くの概説書を書いて私法に関する広範囲の諸問題に総合的・体系的に検討を加え,のちの民法典(ナポレオン法典)の編纂にドマと並んで大きな影響を与えた。とくに債務法の諸条項は彼の著作を基礎としているといわれている。…

【ラテン・アメリカ】より

… 他の法分野,例えば民・商法,刑法,訴訟法などでは,西ヨーロッパ諸国の影響は圧倒的であるが,その影響のしかたは複雑である。法体制準備期においては,ほかに模範とすべきものがほとんどなかったこともあって,フランス法への傾倒がみられ,とくにナポレオン法典(民法典)は,直接,間接にラテン・アメリカ諸国の私法に多大な影響を与えた。その後,西ヨーロッパ諸国における法典編纂が進むにつれて,イタリア,スペイン,ドイツ,スイスの法も比較法的な取捨選択によって受容され,あるいは接木され,そうしてできた良法典がまた,他のラテン・アメリカ諸国における立法の模範とされた例も多い。…

※「ナポレオン法典」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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