担保物権の一つで,債務者または第三者(物上保証人)が債務の担保に供した物を,担保提供者の使用収益にゆだねておき,しかも債務が弁済されない場合にその物の価額から優先的弁済を受けることができる権利(民法369条以下)をいう。抵当権は,質権とともに,契約によって成立する約定(やくじよう)担保物権であり,競売の売得金から優先的に弁済を受ける権利(優先弁済権)を有する点でも質権と同じである。しかし,抵当権は,目的物を引き続き設定者の占有にとどめておく点において質権と異なる。そして,まさにこの点から,同じく信用供与(金融)の媒介をする制度でありながら,質権と抵当権との社会的作用の相違が生ずる。
まず第1に,抵当権においては,質権のように留置的作用によって弁済を促す機能はないが,目的物の所有者は占有を継続しうるため,物の利用が不可欠な生産財(企業設備など)を担保化するのに適している。所有者は引き続きその生産財を利用して生産を行い,その収益をもって利息や,さらに元本の弁済にあてることができる。このように,抵当権は生産信用の担保に適するのに対し,質権はもっぱら消費信用に役だつ。もっとも日本では,抵当権も消費信用のために利用されることが多く,またとくに住宅金融において重要な役割を果たしている。第2に,占有を抵当権者に移してしまわないことから,一つの物について二つ以上の抵当権を設定することが可能となる。そして,これらの抵当権は,その成立の前後により優先弁済の順位が決まる(これを〈順位確定の原則〉という)。ただし,先順位の抵当権の被担保債権が弁済されると,その抵当権は消滅し(これを〈消滅における付従性の原則〉という),後順位の抵当権の順位が繰り上がる(ドイツのように,繰り上がらないとする立法もある)。このように,複数の抵当権を設定できることにより,抵当目的物の所有者からすれば,目的物の担保価値を十分に利用することが可能となるわけである。
抵当権は目的物の占有を債権者に移転しないため,目的物の第三取得者や他の債権者(後順位で抵当権を設定した者や一般債権者)に不測の損害を及ぼすことがある。そこで,占有以外の方法によって抵当権の存在を公示し,取引の安全を保護する必要がある。そのために,抵当権は必ず公の帳簿への記載,すなわち登記または登録によって公示することとされている(これを〈公示の原則〉とよぶ)。したがって,抵当権の目的物となりうるのは,登記・登録の対象たりうるものに限られるわけである。すなわち,民法上の抵当権の目的物は不動産および地上権,永小作権に限られ(369条),登記や登録の制度のない動産や集合物(企業設備一式など)については,原則として抵当権を設定することはできない。
しかし,抵当権は所有者が占有を失うことなく担保価値を利用できる便利な担保権なので,現実の必要に応じて特別法により目的物の範囲が拡張されている。まず第1に,財団の担保価値を一括して把握する財団抵当の制度がある。これは,大規模の企業施設につき,その中に含まれている個々の不動産を担保化するより,一個の集合体として取り扱うほうが担保価値を高めることになるので,金融確保の手段として特別法で認められたものである。財団抵当の目的物は,企業経営のために有機的統一体を構成する土地,建物,機械,器具等の物的設備のほか,その企業に関する免許,特許その他の特権等をも含む。第2に,財団抵当の考えをさらに進めて,企業の不断に変動する総財産を一体として担保の目的とする企業担保権がある。これは,株式会社の社債を担保するために,企業の物的施設のみならず〈のれん〉等も含む有形無形の総財産の上に設定される物的担保で,企業担保法(1958公布)が定める。第3に,特殊の動産につき,特別の公示方法を設けて,その上に抵当権を設定する動産抵当が認められている。動産の担保化は質権によるというのが民法のたてまえであるが,企業設備としての動産を,占有を移転しないで担保化する必要が,とくに不動産を所有しない中小企業者において高まり,次の各種の動産について動産抵当が認められるに至っている。まず戦前の,農業動産信用法(1933公布)による農業用動産,さらに戦後の自動車抵当法(1951公布)による自動車,航空機抵当法(1953公布)による航空機,建設機械抵当法(1954公布)による建設機械等である。また,商法上は,登記した船舶に抵当権を設定することが認められている(商法848条)。しかし,営業用動産の担保化への要求にこたえるには以上の措置だけでは不十分で,古くから民法の認めていない譲渡担保という慣行が広く行われてきた。判例もその有効性を認めている。以上のほか,特別法により抵当権の目的物が拡張されている場合として,〈立木ニ関スル法律〉(1909公布)による立木(りゆうぼく)や,鉱業法(1950公布)による採掘権,漁業法(1949公布)による漁業権などの権利がある。
(1)抵当権の中心的効力は,債務の弁済がなされない場合に,目的物の価額から優先弁済を受けることである。優先弁済を受ける方法としては,当事者間の契約によって,質権の場合のように抵当権者に目的物の所有権を取得させたり,その他法律によらない方法でこれを処分することも可能である(流(ながれ)抵当,抵当直流(じきながれ))。しかし通常は,目的物を競売し,その代価から配当を受けるという方法がとられる。抵当権者自身が競売を申し立てる場合のほか,一般債権者や目的物に対する他の抵当権者が申し立てた競売手続のなかで配当を受ける場合もある。抵当権者が配当を受ける債権の範囲は,後順位抵当権者を保護するために,質権の場合と異なり制限されている。すなわち,後順位の抵当権者がいる場合には,延滞している利息や遅延損害金については原則として最後の2年分に限られる(民法374条)。
(2)抵当権の目的物に別の物が付加されたり,目的物が滅失・毀損(きそん)したりしたときは抵当権の効力の及ぶ範囲はどうなるかという問題が生ずるが,民法は次のように定めている。まず,抵当権は抵当不動産に付加してこれと一体をなした物に及ぶ(370条)。具体的には,建物に抵当権が設定された後に抵当権設定者によって付加された畳建具や付属建物,増改築部分等が問題となるが,目的物の経済的効用の発揮を助けるために付加された物については,抵当権の効力が及ぶと解されている。ただし,法律上抵当権の効力が及ばないとされる場合がある。まず,日本では土地と建物とは別個の不動産とされているので,土地に抵当権を設定しても,地上にある建物には抵当権が及ばない(370条本文)。また,抵当権の設定の際,抵当権の効力の範囲から除外すると定めることもできる(370条但書)。ただし,この合意は登記しなければ当事者以外の第三者に対抗できない。次に,抵当権の目的物が滅失・毀損したような場合,質権と同様に,抵当権の効力は,これによって所有者が受けるべき金銭その他の物(損害保険金など)に及ぶ(〈物上代位〉。372,304条)。
(3)抵当目的物が他人によって滅失・毀損され,またはその一部が分離された場合は,抵当権も物権の一種として,物権的請求権や不法行為による損害賠償請求権が生じる。しかし,抵当権は目的物の占有を設定者のもとにとどめておくから,その目的物の通常の用法に従った使用収益がなされている限り,たとえ無権限者によるものであっても,これを排除することはできない。債務者自身が抵当目的物を滅失・毀損しまたは減少した場合には,債務者は期限の利益を喪失し(137条2号),抵当権者はただちに抵当権を実行できる。またこの場合,明文の規定はないが,抵当権者は増(まし)担保を請求できると解されている。もっとも実際は,消費貸借,抵当権設定契約において,期限の利益喪失の事由や増担保請求について特約がなされることが多い。
抵当権は,目的物の使用収益を設定者にゆだねておくことを特色とするが,いったん実行されて目的物が競売されると,目的物についての利用関係はすべてがくつがえることになる。民法は,これによって生じる不都合を緩和するために,二つの制度を用意している。まず第1に,日本では土地と建物が別個の不動産とされるため,同一の所有者に属していた建物とその敷地が,土地と建物の一方に設定された抵当権の実行の結果,所有者を異にするという事態が生ずる。この場合,建物を所有するための土地利用権は当然には存在しておらず,建物所有者は土地所有者から建物の収去を請求されるおそれがある。そこで,この場合,その建物のための地上権が法律上当然に設定されたものとした(〈法定地上権〉。388条)。第2に,抵当権の目的たる不動産に利用権(例えば,賃借権)が設定された場合,その利用権と抵当権との優先関係は対抗要件(登記)の先後によって決まる。その結果,抵当権に劣後する利用権は抵当権実行によってすべてがくつがえることになるが,それでは抵当権の設定された不動産の利用が妨げられかねない。そこで,短期賃貸借(602条。例えば,土地は5年,建物は3年)に限り,抵当権実行後もその期間内は存続できることとした(395条)。もっとも,この制度は,抵当権者を害する目的で濫用されることが多い。
抵当不動産の第三取得者は,債務者が弁済を怠ると,抵当権の実行により,権利を失う危険がある。そこで,その地位を保護するための制度として,民法は,代価弁済(377条),滌除(てきじよ)(378~386条)という制度をおいている。
根(ね)抵当権については,古くから判例上認められていたが,種々の問題があったので,1971年に民法を改正して,これについての規定がおかれた(398条の2~398条の22)。
執筆者:内田 貴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
担保となっている不動産などを債務者または第三者のもとに残しておきながら、債務が弁済されないときにはその不動産の価額から債権者が優先的に弁済を受けることのできる権利(民法369条~398条の22)。
[高橋康之・野澤正充]
契約によって生じる担保物権である点において、抵当権は質権と異なるところがなく、抵当権を生じさせる契約を抵当権設定契約、質権を生じさせる契約を質権設定契約とよぶ。しかし、質権の場合には、担保となる物が債権者の手元に移されるのに対して、抵当権の場合には、担保となる物は債権者に移されることなく、債務者(または第三者)のもとに残されている。債務者は、質権を設定するとその物を使用・収益することができなくなるが、抵当権を設定した場合には、その物の使用・収益を従来どおり続けることができる。この点に、質権と抵当権との大きな違いがある。
たとえば、農民が田畑を担保に銀行から資金を借り入れる場合に、銀行が田畑を担保として取り上げてしまうと、一方では、農民は生産の根拠を失い、資金の返済が困難になり、銀行としても資金が返済される機会を自ら少なくするだけでなく、その田畑を管理するという負担を負うことになる。これに対して、田畑を農民の手元に残しておくと、農民は生産を続けることができ、それだけ資金返済が容易になり、他方、銀行は田畑の管理をする必要がない。このように、抵当権は、従来の利用関係をそのままにしておき、そうすることによって債務者にその物を収益させ、債務者の弁済を容易にすると同時に、債務不履行の場合に優先的に弁済を受ける債権者の権能を十分に確保するものである。この点で、抵当権はもっとも合理的な担保制度であるといえる。しかし、抵当権の目的物が債務者(または第三者)の手中に残されたままであるので他人には抵当権の存在がはっきりわからず、そのために、抵当権の存在を知らない者が思わぬ損害を被る可能性がある。そこで、抵当権を設定しうる物は、抵当権の存在が公に示される手段(登記)のある不動産(民法369条1項)および船舶(商法848条1項)に限定された。したがって、登記の手段のない動産や集合物(たとえば企業設備全部)などには抵当権を設定することはできなかった。
[高橋康之・野澤正充]
抵当権の制度は、担保の制度としてもっとも合理的なものであるので、これを不動産、船舶だけでなく、それ以外にも活用したいという要求が生まれ、現在では、多くの特別法によってその利用の範囲が拡張されている。その第一は、不動産を中心とする大企業の施設を一括して抵当権の対象にしようとするもので、鉄道抵当法、工場抵当法、鉱業抵当法、道路交通事業抵当法などによる、いわゆる財団抵当である。第二は、いわゆる動産抵当である。農業用具の抵当化を目的とする農業動産信用法のほか、自動車抵当法、航空機抵当法、建設機械抵当法などによって認められた抵当権がこれに属する。これらの制度では、特殊の登記または登録の方法が設けられており、それによって抵当権の存在が公にされるようになっている。そのような特殊な抵当制度のない施設(たとえば、中小企業の企業施設)などは、今日でも抵当権の対象とすることはできず、それを担保とするには、譲渡担保(あるいは「売渡担保」)という、民法には規定されていないが広く行われている担保の方法によらなければならない。
一つの不動産のうえに抵当権を二つ以上設定することも可能である。その場合には、抵当権設定の登記の順序に従って一番抵当、二番抵当などとよび、これは優先弁済の順序を表す。すなわち、二番抵当権者は、一番抵当権者が債権を満足させたあとに優先的に弁済を受けられるにすぎない。たとえば、甲の不動産に、乙が1000万円の債権につき一番抵当権を、丙が500万円の債権につき二番抵当権をもっていた場合に、甲の不動産が競売されて1300万円にしかならなかったときは、乙は1000万円、丙は300万円を取得することになる。一番抵当権者が債務の弁済を受けて一番抵当権が消滅すると、従来の二番抵当権が一番に、三番が二番にというように順次昇格する。
[高橋康之・野澤正充]
債務者が期日に債務を弁済しないときには、抵当権者は、抵当権の対象となっている物から優先的に弁済を受けることができる。これが抵当権の本質的な効力である。優先的に弁済を受けるというのは、甲に対して乙・丙・丁の3人がそれぞれ500万円の債権をもっていて、乙だけが甲の所有するある不動産に抵当権をもっている場合には、その不動産を競売して得られた代金がたとえば1000万円であったとすると、乙はまず自分の債権500万円の弁済を受けることができ、丙・丁は250万円ずつでがまんしなければならないことをいう。抵当権者が優先弁済を受ける方法は、競売(民事執行法180条以下)によるのが原則であるが、当事者間の契約で換価することにしたり、あるいは目的物をそのまま抵当権者の所有物とすることを約束してもよい。
[高橋康之・野澤正充]
抵当権の目的物が売却された場合にはその代金、賃貸された場合にはその賃料に抵当権の効力が及ぶ。抵当建物に付された火災保険金請求権にも抵当権の効力が及ぶとされている。抵当権者は、その金銭債権から優先的に弁済を受けることができる。これを物上代位という。ただし、そのためには、金が支払われる前に、その債権を差し押さえなければならない(民法372条・304条)。
[高橋康之・野澤正充]
たとえば、抵当権が登記されたあとに、目的不動産が賃貸されたとしても、賃借人は、抵当権者および抵当権の実行による買受人に対抗できない。ただし、その賃借人が一定の要件を満たす場合には、買受人の買受けのときから6か月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡さなくてもよい(民法395条)。
また、抵当権の設定された不動産を賃貸し、賃貸借の登記をした場合において、その登記前に登記をした抵当権を有するすべての者が同意をし、かつ、その同意の登記をしたときは、その同意をした抵当権者に賃貸借を主張することができる(民法387条1項)。
[高橋康之・野澤正充]
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