ニレ(読み)にれ(英語表記)elm

翻訳|elm

改訂新版 世界大百科事典 「ニレ」の意味・わかりやすい解説

ニレ (楡)
elm
Ulmus

ニレ科ニレ属は北半球の温帯と暖帯に約20種を産し,すべて落葉ないし半常緑の高木で葉の基部が左右不整である。日本でニレというとふつうハルニレをさすが,ほかにアキニレオヒョウがある。英語のエルムelmはヨーロッパニレU.minor Mill.(=U.campestris L.)やセイヨウニレU.glabra Hudsonをさし,街路樹として植えられる。
執筆者:

北欧神話によれば,神々はニレとトネリコから,人類最初の女エンブラEmblaと最初の男アスクAskrを創造したという。イギリスなどでは中世以降,ニレにブドウのつるをはわせる習慣が生じ,この取合せを縁物(えんもの)とみなしたところから,結婚や良縁のシンボルともなった。ギリシア神話では,冥界から妻エウリュディケを連れ戻せなかったオルフェウスが,悲しみに暮れて弾いた竪琴の力でこの世に生じた木とされるほか,ブドウとの関連からディオニュソスバッコス)の聖木とも考えられた。また夢の神モルフェウスMorpheusとも結びつけられ,その下で眠る者は悪夢に襲われるという。
執筆者:

双子葉植物,約15属200種が北半球温帯から南半球亜熱帯にかけて分布する。ケヤキ,エルム(ニレ類)やエノキ類など街路樹として有用なものが多い。すべて高木または低木。しばしば当年の枝に頂芽を欠き,側芽から翌年の枝を伸ばすものがある。葉はふつう互生し,単葉でときに左右が不整。早落性の托葉がある。花は小さく,両性または単性で,葉腋(ようえき)に集散花序をなすか,雌花だけを単生する。花被片は4~8個がときに合生し,これと向かい合って4~8本のおしべがある。子房は上位で,2個の心皮がふつう1室をつくり,花柱は先が2裂する。果実は堅果または石果で,翼のできることもあり,1個の種子を入れる。ニレ科はクワ科やイラクサ科に近縁で,ふつう二つの亜科に分けられる。ニレ亜科は両性花をもち堅果をつくるもので,北半球に多く,ニレ属ほか3属が属する。エノキ亜科は雄花と両性花か雌花をもち,石果を結ぶもので,エノキ,ケヤキ,ムクノキウラジロエノキなどの諸属が含まれ,熱帯,亜熱帯に多い。ニレ科の高木種には,街路樹,緑陰樹として植えられるものが多い。また多くの属は,木目の美しい有用材を産し,家具材として重用される。樹皮の靱皮(じんぴ)繊維が強く,縄などを作る。アツシを作るオヒョウもこの科に属する。
執筆者:


出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニレ」の意味・わかりやすい解説

ニレ
にれ / 楡
elm
[学] Ulmus

ニレ科(APG分類:ニレ科)ニレ属の総称。落葉または半常緑高木。葉は2列に並んで生じ、互生し、単葉で基部は左右非相称、縁(へり)に鋸歯(きょし)がある。花は葉に先だって開くことが多く、両性で小形、花被(かひ)片は4、5裂する。雄しべは花被片と同数で、紅紫色を帯びる。子房は普通は1室。果実は翼果で、開花後2~3週間で成熟する。北半球の温帯および熱帯アジアの山地に約45種ある。日本にはハルニレ(変種にコブニレ、ツクシニレがある)、アキニレ、オヒョウが野生し、中国原産のノニレU. pumila L.がときに栽培される。エルムelmは、狭義にはヨーロッパニレU. procera Salisb.をさすが、一般にはニレ属の各種類をさす。日本ではハルニレをエルムとよび、北海道の低地に多く、春の新芽の多さが喜ばれる。樹皮をはぐとぬるぬるするので、ニレの名は「滑(ぬ)れ」に由来するといわれる。

[伊藤浩司 2019年11月20日]

文化史

アイヌの神話では、アイヌの人祖アイヌラックルは、雷神とハルニレの間に生まれた。ハルニレは自身の皮で着物をつくり、アイヌラックルに着せたという。かつてハルニレの樹皮からも衣服をつくったらしいが、アイヌの代表的な織物のアツシ(厚司)は、おもに近縁のオヒョウから編む。オヒョウの樹皮を帯状に剥(は)ぎ、温泉や沼に十数日水浸したのち、残った繊維質をよく水洗して、繊維を得た。一方、ハルニレの繊維は弱く、色も黒いので、オヒョウに混ぜて模様づけに織り込んだり、細く裂いて乾かした皮をかみ、柔らかくして一種の靴下をつくった。またアイヌ神話では、火の神がハルニレから生じたとされる。これはかつてハルニレの木で発火台と発火棒をつくり、こすり合わせて火を得ていたことに由来しよう。北欧神話では、大地を創造したオーディンが、ニレに魂を吹き込み、最初の女性エンブラを誕生させたという。『延喜式(えんぎしき)』(927)にはニレ皮を搗(つ)いて粉を得るとあり、古くはニレの内皮を干して臼(うす)で粉にし、食用にした。中国の『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(6世紀)には、ニレの種子を搗いて粉にし、酒と醤(ひしお)をあわせてつくった楡子醤(にれのみのひしお)が載る。ニレの材は中国では椀(わん)、甕(かめ)、車両に重宝され、『斉民要術』には、子が生まれると、幼樹20本を植えれば、結婚の際、結納(ゆいのう)や持参金はそれでまにあうと記述されている。

[湯浅浩史 2019年11月20日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のニレの言及

【ハルニレ(春楡)】より

…北地では堂々とした大木のみられるニレ科の落葉高木(イラスト)。アイヌの祖神アイヌラックルはハルニレ姫と雷神の間から産まれたと伝承されている。…

※「ニレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android