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ネーゲリ ネーゲリNägeli, Karl Wilhelm von

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネーゲリ
Nägeli, Karl Wilhelm von

[生]1817.3.27. チューリヒ近郊キルヒベルク
[没]1891.5.10. ミュンヘン
スイスの植物学者。初め L.オーケンに学んだが,植物学を修めるためジュネーブ大学に入って A.P.ド・カンドルに師事。その後,ドイツに戻り,ベルリン大学で哲学を学んだのち,イェナ大学教授 M.シュライデンのもとで植物学の研究を再開。チューリヒ大学私講師,助教授フライブルク大学教授を経て,ミュンヘン大学教授 (1857) 。シダの造精器や精子を発見し (44) ,植物細胞が細胞壁と原形質の2つの部分より成ることを明らかにする (46) など,細胞学の分野で多数の業績を上げた。また,植物の生長や形態形成において細胞分裂の果す役割に注目し,分裂組織の概念を樹立するなど,植物形態形成学の発展に与えた影響も大きい。細胞に含まれるデンプン粒の形態観察が契機となって,彼はミセルという一種の結晶体の存在を想定し,これが細胞ひいては生物体を構成する単位であると考え,進化,遺伝,発生など,すべての生命現象をミセルに基づいて説明する理論を打立てた。進化の機構に関しては,環境の作用を受けて種が連続的に変化していく可能性を否定し,種の変化は不連続であって,内在的要因のみによると考えた。 G.メンデルから実験結果について批評を求める手紙を受取ったが,その遺伝理論がネーゲリの理論体系と相いれない性質のものであったため,メンデルの研究に意義を認めなかった。

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百科事典マイペディアの解説

ネーゲリ

スイスの植物学者。イェーナその他の大学で学び,チューリヒ大学等を経てミュンヘン大学教授。細胞膜の偏光顕微鏡による研究から細胞のミセル説を提唱。さらに,それぞれの生物の種は独自の生成と死滅のサイクルをもち現生の生物間に類縁関係はないという立場から,C.ダーウィン自然淘汰説に対して批判的な態度をとった。

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大辞林 第三版の解説

ネーゲリ【Karl Wilhelm von Nägeli】

1817~1891) スイスの植物学者。デンプン粒や細胞壁の観察から、生体は結晶性の粒子(ミセル)からなると考え、その集合体(イディオプラスマ)が遺伝や進化に関与するとして、遺伝を担う物質の存在をはじめて主張した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネーゲリ
ねーげり
Carl Wilhelm von Ngeli
(1817―1891)

スイスの植物学者。初め医学を志したが、チューリヒ大学でオーケンLorenz Oken(1779―1851)の博物学的観念論に反発して植物学に転じ、イエナ大学シュライデンに師事、植物学の形態形成、細胞分裂、海藻の分類から、デンプン粒、細胞壁の微細構造の研究に進み、ミセル説をたて、その後、ミセル説を一般化・絶対化し、ミセル集合による原始生物の自然発生、ミセルの変化による生物の定向的・自立的進化を信じるに及び、ダーウィンの自然選択説に反対し、生物の種間の類縁関係さえ否定する観念論に陥った。チューリヒ大学、フライブルク大学教授を経て、1858年以降はミュンヘン大学で植物学を講じた。著書に『力学・生理学的進化論』(1883)がある。[佐藤七郎]

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