コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

パジリク

2件 の用語解説(パジリクの意味・用語解説を検索)

百科事典マイペディアの解説

パジリク

ロシア,西シベリアノボシビルスク南東約600kmにある墳墓群で,アルタイ文化パジリク期の標準遺跡。一般に〈パジリク古墳群〉と呼ばれる。前5世紀―前2世紀の間の約100年間に形成されたと考えられる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

パジリク【Pazyryk】

ロシア連邦南シベリアアルタイ地方中央付近にある墳墓群。一般に〈パジリク古墳群〉と呼ばれる。大型円墳5基,小型円墳9基その他からなり,大型円墳5基を含む8基が,1929,47‐49年に発掘された。大型墳では,墳丘は直径24~47m,高さ2~4mの積石塚で,その地下に深さ4~5mで広さ50m2ほどの長方形の墓壙を掘り,なかに内法で高さ1.2~1.5m,広さ8~18m2の墓室をつくっている。墓室は,内外二重とし,校倉(あぜくら)ふうにカラマツ材を組んだもので,なかに径1mのカラマツの丸太を刳り抜いた,長さ3~5mの木棺と副葬品を納める。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内のパジリクの言及

【絨毯】より

…一方中国では鳳凰や竜,雲文などの伝統文様が表される。
[絨毯の歴史]
 絨毯の最古の遺品としては,ロシアのアルタイ山脈のパジリク古墳群から1.8m×2.0mの絨毯が出土している。中央部の格子枠の中に開花文を配し,五重の縁飾り文にはトナカイ,騎馬人物などを表している。…

【東西交渉史】より

…またこのルートを経て,貴金属と動物意匠を特徴とする黒海北岸のスキタイ文化(前6~前3世紀中心)が東方へと伝播し,前3世紀の匈奴の興隆を促したにとどまらず,匈奴を仲介として,古代中国の軍事技術(騎馬戦術)や銅器の様式などにも種々の影響を及ぼしたことは,このルートの持った文化交流史上の重要性を物語る。さらに,このルートが諸方面との交流に利用されていたことは,前3~前2世紀ごろの遺跡と考えられるアルタイ山脈東部域のパジリク古墳群から,ペルシア産の絨緞,インド産の貝殻,中国産の絹布や青銅器などが出土していることからも明らかである。一方,中央アジア,西アジアのオアシス都市を結んで東西に走る〈オアシスの道〉〈オアシス・ルート〉〈シルクロード(絹の道)〉も,前2世紀の有名な張騫(ちようけん)の西方旅行以前からすでに利用されていたらしく,それに先立つ戦国時代の中国には,このルートを利用してホータン(于闐)地方原産の軟玉が伝えられ〈禺氏の玉〉〈崑崙の玉〉として珍重されていた。…

【フェルト】より

…製作の際,フェルトの形,寸法,厚さなどは比較的自由に加減できる。 最古のフェルトとして知られるのは,ロシアのアルタイ山中のパジリクの遺跡(パジリク古墳群)からの出土品(前5世紀~前4世紀)で,フェルトにアップリケの手法を加えて人物像や花文を表した大型のものや,動物闘争文を表した鞍覆い,フェルトの帽子や靴下が発見された。またフェルトで作ったぬいぐるみの白鳥も出土するなど製品は多彩さを誇っている。…

※「パジリク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone