改訂新版 世界大百科事典 「パリティ」の意味・わかりやすい解説
パリティ
parity
理工学の分野では一般に+と-の二つの値をとる量を指し,偶奇性とも呼ばれる。例えばディジタル通信では,“0”と“1”の組合せで信号が送られるが,ひとくぎりの信号の中の“1”の数が偶数か奇数かによって,パリティを+または-と定義する。物理学においては,ある量が空間反転(パリティ変換ともいう),
P:r→-r (rは位置ベクトル)
に対して符号を変えないとき+,変えるとき-と定義する。以下,物理学におけるパリティについて解説する。
古典力学におけるパリティ
上の定義により,種々の物理量のパリティは,位置rは-,運動量は-,角運動量L=r×Pは+となる。そこで力fのパリティを-とすれば,ニュートンの運動方程式,は空間反転に対して両辺とも符号を変えるので,空間反転した世界でも同じ方程式に従う。同様に,電磁気量に対してパリティを電場Eは-,磁束密度Bは+,ベクトルポテンシャルAは-等々と定義すれば,マクスウェルの方程式も空間反転に対して不変になる。パリティが+のベクトルを極性ベクトル,-のベクトルを軸性ベクトルという。このように物理量のパリティは,rから直接導かれるものを別にすれば,先験的に与えられるのではなく,相互作用の性質を通して経験的に決められるものなのである。
量子力学におけるパリティ
もともとパリティという概念は,量子力学において,原子のある準位の波動関数Ψ(r1,r2,……,rn)の空間反転Pに対する変換性,
PΨ(r1,……,rn)=Ψ(-r1,……,-rn)=±Ψ(r1,……,rn)
を示すために,アメリカのウィグナーEugene Paul Wigner(1902-95)が導入したもので,各粒子の軌道角運動量をℏ(プランク定数を2πで割ったもの)を単位としてl1,l2,……とすると,パリティはとなる。ドイツのラポルテOtto Laporteは原子からの電気二極放射に際し,Σliが奇数だけ変化するという規則を見いだしていたが(ラポルテの規則),これを用いれば原子の準位をパリティによって分類することができる。他方,物理量に対応する演算子のパリティは古典力学と同様に定義される。ハミルトニアンHのパリティが+であれば,パリティは保存量であり,時間とともに変化しない。電磁力だけで相互作用する分子や原子ではパリティが保存している。ラポルテの規則は,電気二極子演算子erが-のパリティをもつことによって説明できる(eは電気素量)。さらに原子核を構成している陽子と中性子の波動関数を考えれば,原子核についてもパリティが定義される。
固有パリティ
粒子の生成や消滅が起こる場合には,粒子の固有パリティを考えなくてはならない。原子からの光の放射でも,これを光子の生成と考えれば,光子という粒子のパリティは-である。波動関数の符号は直接に観測できるものではなく,干渉を起こすような実験によって相対的にのみ知りうるので,粒子の固有パリティは相対的な量である。ハドロンについては,陽子,中性子,Λ粒子のパリティを+と定義する。ただし,電荷もストレンジネスなどももたない中性中間子(π0,η,ρ0,ωなど)についてだけは,真空を基準とした絶対的なパリティが定義できる。粒子のパリティは,反応や崩壊過程の分析によって決定する。例えば核子共鳴⊿⁺⁺は,π⁺中間子(パリティは-)と陽子のl=1状態に崩壊するので,パリティは(-)(+)(-1)1=+となる。
パリティ非保存
空間反転は,回転や平行移動と同じく非常に基本的な変換であるから,いかなる過程においてもパリティは保存している。すなわち,反応前後においてパリティは同じであると信じられていた。しかし現在では,強い相互作用と電磁相互作用においてはパリティは保存しているが,弱い相互作用においてはパリティの保存が破れていることが知られている。歴史的には,1947年に発見されたK中間子の中に,2個のπ中間子に崩壊するもの(θ中間子と呼ばれた)と,3個のπ中間子に崩壊するもの(τ中間子と呼ばれた)とがあり,パリティの保存則から導かれる選択則を適用すれば前者のパリティは+,後者は-と考えられた。しかしその後の実験の精密化に伴い,パリティのほかは両者を同一の粒子と考えざるを得なくなり難問を引き起こした。これを解くために,T.D.リーとC.N.ヤンは,弱い相互作用においてパリティが破れているとしてもそれまでの実験結果と矛盾しないことを指摘し,さらにこの仮説を検証するために二,三の実験を提唱した(1956)。これらの実験は直ちに行われ,原子核のβ崩壊と,π中間子の崩壊においてパリティが破れていることが確証された(1957)。質量0のフェルミ粒子が,左巻きの粒子と右巻きの反粒子からなる2成分の方程式で記述できることから,ニュートリノの2成分理論が提出された。空間反転によって左巻きは右巻きに変換されるが,右巻きのニュートリノは存在しないのでパリティはまったく破れている。崩壊によって出てくる電子やμ粒子は事実100%近く偏極している。弱い相互作用と電磁相互作用を統一するワインバーグ=サラムの理論においては,ウィークボソンW±が,左巻きのクォークとレプトン,右巻きの反クォークと反レプトンのみと反応することにより,パリティの非保存が説明されている。
執筆者:小柳 義夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報