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パーカー Parker, Alton Brooks

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パーカー
Parker, Alton Brooks

[生]1852.5.14. ニューヨーク,コートランド
[没]1926.5.10. ニューヨーク
アメリカの法律家。ニューヨーク州控訴院判事,同州控訴院首席判事 (1897) を経て,1904年民主党から大統領候補に選ばれたが,T.ルーズベルトに大敗を喫し,法曹界に戻った。

パーカー
Parker, Charlie

[生]1920.8.29. カンザス,カンザスシティー
[没]1955.3.12. ニューヨーク
アメリカのサクソフォーン奏者。愛称 Bird。アメリカのジャズ界最高のアルト・サックス奏者で,即興演奏家として知られた。 1937年ジェイ・マクシャン楽団に参加し,いくつかの楽団を転々としたのち,44年コンボを結成して,D.ガレスピー,T.モンクとともに当時の新しいジャズ,バップの中心人物となった。 46年麻薬中毒のため入院したが奇跡的なカムバックをとげ,47年に M.ローチ,M.デービスらと五重奏団を結成,ジャズ界の花形奏者として活躍した。

パーカー
Parker, Dorothy

[生]1893.8.22. ニュージャージー,ウェストエンド
[没]1967.6.7. ニューヨーク
アメリカの女流詩人,小説家。雑誌『ニューヨーカー』その他の劇評を担当,辛辣な批評で知られた。風刺や機知に富み,簡潔な文体で人情の機微をうがつ佳作を残した。主著,詩集『勝手気まま』 Enough Rope (1926) ,短編集『生者への哀歌』 Laments for the Living (30) 。

パーカー
Parker, Francis (Wayland)

[生]1837.10.9. ニューハンプシャーベドフォード
[没]1902.3.2. シカゴ
アメリカの進歩主義的初等教育の創設者,シカゴで最初の父母と教師の会の組織者。 1853年 16歳で教師となり,5年後にイリノイ州キャロルトンで校長となった。南北戦争が起ると連邦軍に加わり,陸軍中佐に昇進した。 72年ドイツに渡り,J.ペスタロッチ,J.ヘルバルト,F.フレーベルらによって開発された新しい教育方法を学んだ。 75年帰国,マサチューセッツ州クインジーの教育長に就任,自然科学,図画,工作を学科課程に導入して子供の自己表現や社会的行動,個性を尊重する人間的で自由な授業を奨励した。 80年ボストンの学校制度の責任者,83年シカゴのクック・カウンティ師範学校の校長に就任,同校はアメリカ教育の自由化に影響を与えたことで有名になった。 99年寄付を得て師範学校 (シカゴ・インスティテュート) を設立。これは2年後パーカーがシカゴ大学教育学部の初代学部長になるとともに同大学の付属施設となった。またシカゴには,彼の名を冠した進歩主義の学校 (私立) がある。

パーカー
Parker, Sir Horatio Gilbert

[生]1862.11.23. オンタリオ,カムデンイースト
[没]1932.9.6. ロンドン
カナダ生まれのイギリスの小説家。オーストラリアや南海を探検したのち,27歳でイギリスに定住,多くの冒険小説を書いた。のち政界に入り,1916年枢密顧問官になった。 17世紀のケベック征服を扱った代表作『巨人の座』 The Seats of the Mighty (1896) のほか,ナポレオン戦争中のチャネル諸島を背景にした『強者の戦い』 The Battle of the Strong (1898) など。

パーカー
Parker, Louis Napoleon

[生]1852.10.21. カルバドス
[没]1944.9.21.
イギリスの劇作家,作曲家。初め音楽家としてドーセットシャーで教鞭をとったが,1892年から劇作に専念,100以上の創作劇や翻案劇を執筆。代表作は『ディズレーリ』 Disraeli (1911) 。ほかに『ドルアリー・レーンのページェント』 The Pageant of Drury Lane (08) ,回想記『わが生涯の数章』 Several of My Lives (28) がある。

パーカー
Parker, Matthew

[生]1504.8.6. ノリッジ
[没]1575.5.17. ランベス
イギリスの神学者,カンタベリー大主教。ケンブリッジ大学に学び,1545年および 49年同大学副総長となった。 59年エリザベス1世の即位とともにカンタベリー大主教に登用され,以後カトリック教会,プロテスタント諸教会から独立,それらの中道を行くアングリカン・チャーチの基礎を定めた。『三十九信仰個条』 Thirty Nine Articlesの起草,ビショップ聖書を企画,完成。主著『イギリスの古代教会』 De antiquitate Britannicae ecclesiae (1572) 。

パーカー
Parker, Theodore

[生]1810.8.24. アメリカ合衆国,マサチューセッツ,レキシントン
[没]1860.5.10. イタリア,フィレンツェ
アメリカ合衆国のユニテリアン派牧師,説教家,神学者,社会改良家。エブラハム・リンカーンの「人民の,人民による,人民のための政治」という句は,パーカーが著作や講演で述べたことばが元になったとされる。20ヵ国語に通じ,聖書に関するドイツ語文献を翻訳し,高等批評に関心を示した(→聖書文献批判)。またアメリカの歴史的使命を確信し,そのため知的,道徳的,宗教的教育振興の必要を唱え,禁酒,監獄改善,婦人教育,奴隷制廃止などの社会問題に尽力し,政治にも影響を及ぼした。主著『宗教の諸問題』A Discourse of Matters Pertaining to Religion(1842),『Th.パーカー著作集』Theodore Parker's Works(14巻,1863~70)。

パーカー
Parker, Alan

[生]1944.2.14. ロンドン
イギリスの映画監督。 CM作家を経て,1976年『ダウンタウン物語』 Bugsy Maloneでデビュー。以後,麻薬問題を扱った『ミッドナイト・エクスプレス』 Midnight Express (1978) ,ベトナム後遺症を描いた『バーディ』 Birdy (84) ,人種差別に挑んだ『ミシシッピー・バーニング』 Mississippi Burning (88) などを発表。ほかにバンドに賭ける若者像を描いた『ザ・コミットメンツ』 The Commitments (91) 。

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百科事典マイペディアの解説

パーカー

米国のジャズ・アルト・サックス奏者,作曲家。1940年代のジャズ界で起こったスイングからバップへの移行をリードした中心人物。1939年,ジェイ・マクシャン楽団に参加し,ここで最初のレコードを吹き込んだ。
→関連項目ジャズデービスボーンミンガス

パーカー

米国のユダヤ系女性詩人,作家。《ニューヨーカー》をはじめ多くの雑誌に批評を寄稿しつつ,詩集《井戸ほど深くなく》,短編集《ここに横たわる》などの軽妙で風刺的な作品を書いた。

パーカー

アメリカの女優。オハイオ州出身。エレノア・パーカーとも表記。1940年代から1950年代にハリウッドの美人女優として知られた。演技力にもすぐれ,ウイリアム・ワイラー監督作品《探偵物語》(1951年)などの作品で3度アカデミー賞にノミネートされたが,受賞を逸した。

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世界大百科事典 第2版の解説

パーカー【Charlie Parker】

1920‐55
ビバップ創始者の一人に数えられる,アメリカの黒人ジャズ・アルト・サックス奏者。本名Charles Christopher Parker Jr.。愛称の〈バードBird〉でも親しまれている。カンザス州カンザス・シティに生まれ,同地のジェイ・マクシャン楽団のメンバーとしてニューヨークにデビュー。1941年ハーレムのクラブに出入りしてジャム・セッションに参加。ガレスピーとともに43年アール・ハインズ,44年ビリー・エクスタイン楽団を経て独立。

パーカー【Matthew Parker】

1504‐75
英国国教会の聖職者,カンタベリー大主教。ケンブリッジに学び,エドワード6世時代には宗教改革の促進に協力したが,メアリー1世登位(1553)後,妻帯を理由に職務を剝奪された。1558年登位したエリザベス1世によってカンタベリー大主教に選ばれ,女王の意を体して,カトリック教徒と急進的なピューリタンを排した中道政策を推進し,国王至上法礼拝統一法を骨幹としたエリザベスの教会・国家体制の維持に努めた。【八代 崇】

パーカー【Theodore Parker】

1810‐60
アメリカのユニテリアン派の牧師,神学者。ハーバード大学で学びユニテリアン派の牧師となったが(1837),D.F.シュトラウスなどドイツの聖書批評学の影響を受けて奇跡などの超自然的教理をすべて拒否し,ユニテリアン派の保守派と分離して過激派の指導者となった(1845)。エマソンらと同じくヒンドゥー教や仏教にも関心を持ったが,社会悪とくに奴隷制度に対する激しい反対運動を行い,その廃止を訴え続けた。フィレンツェで没。

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大辞林 第三版の解説

パーカー【Charlie Parker】

1920~1955) アメリカの黒人ジャズ-アルト-サックス奏者。モダン-ジャズの出発点であるビバップの形成に主役を演じ、アームストロングに続く天才として死後もジャズ全体に大きな影響を与えた。

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367日誕生日大事典の解説

パーカー

生年月日:1837年10月9日
アメリカの教育家,進歩主義教育運動の創始者
1902年没

パーカー

生年月日:1862年11月23日
イギリス系カナダの冒険小説家
1932年没

パーカー

生年月日:1781年12月1日
イギリスの軍人
1866年没

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世界大百科事典内のパーカーの言及

【ジャズ】より

…論理的な発展という論が大勢を占めたのは,50年代に入ってからである。バップは一人の創意から生まれたものではなく,多くのプレーヤーの創意の合成であったが,ずぬけて巨大な存在であったのはチャーリー・パーカーである。20年代のアームストロングがそうであったように,バップを志すすべてのミュージシャンがパーカーを手本とした。…

【トランセンデンタリズム】より

…超越主義,超絶主義と訳す。エマソンの《自然》(1836)出版後,彼の周囲に集まったユニテリアン派の牧師たち(ヘッジFrederic H.Hedge,T.パーカー,リプリーGeorge Ripley,W.E.チャニングら),随筆家H.D.ソロー,教育家A.B.オールコット,批評家S.M.フラー,詩人チャニングWilliam E.Channing,ベリーJones Veryなどがその代表者である。彼らの討論会が〈超越クラブTranscendental Club〉と報道され,この言葉が彼らの思想の名称となった。…

※「パーカー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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