前2千年紀中葉にエジプトを支配した異民族とその王朝(第15および第16王朝)を指す名称。前3世紀ギリシア語で《エジプト史》を記したマネトンの用語で,古代エジプト語ヘカウ・カスウェトheqau-khaswet(〈異国の支配者〉の意)より転訛したもの。ヒュクソスともいう。第2中間期のエジプト国内の混乱に乗じて支配権を確立,東デルタのアバリスAvarisを王都として第15王朝(前1650ころ-前1542ころ)を開く(大ヒクソス)。支配地域はパレスティナからエジプト全土に及ぶが,直接統治したのはデルタ地方のみで,各地に分立する地方領主に宗主権を行使する間接統治策をとる。地方領主の中ではヒクソス系の第16王朝(小ヒクソス)と土着の第17王朝(首都テーベ)が有力であった。前2千年紀のオリエント世界に吹き荒れていた民族移動の波がエジプトに及んだもので,複数の民族の混合体であるが,王朝を形成した民族については北西セム系のアモリ人説とフルリ人説があり,王朝創設の事情についても傭兵として実力を蓄えた後クーデタによって政権を奪取したとする説と,馬と戦車に代表される圧倒的な軍事力を背景に一気に侵入・征服したとする説との対立があり(いわゆる〈ヒクソス問題〉),現在はアモリ人説とクーデタ説が有力である。
ヒクソスの出現は古代エジプト史の転換点を示す。エジプト史上最初のアジアの一部を含む国家の形成によって,政治・経済・文化ともに西アジア世界との一体化が進み,エジプトの伝統的な相対的孤立状態は終わる。ヒクソス時代に馬と戦車,複合弓,偃月刀(えんげつとう),小札鎧(こざねよろい),革製兜などの新しい武器,木工,金工,革工の新しい技術,馬の飼育法,要塞建築,竪機(たてばた)などが伝えられ,青銅器が普及した。シリア,パレスティナ各地に出土する渦巻文など特徴的な文様をもつスカラベも西アジアとの密接な交渉を物語る。テーベの第17王朝は異民族支配からの解放を旗印に,新軍事技術の導入と職業軍人層の養成に努めてヒクソス追放に成功,再侵略の危険を事前に防止するためシリア,パレスティナを植民地支配する大帝国を建設する(新王国時代)。
執筆者:屋形 禎亮
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古代エジプトの第15、16王朝を形成したアジア人。紀元前3世紀のエジプトの史家マネトーはヒクソスについて最初に記述した人で、ヒクソスの意味は「牧人王」であるとした。今日では「異邦人の君侯」の意とされている。マネトーはまた「ヒクソスは一戦も交えずしてエジプトを征服した」としてヒクソスの侵略の激しさを述べたが、今日では、中王国時代以降エジプトに入国したパレスチナの住民が徐々に下エジプトに増え、それが中王国以後の混乱時に勢力を伸ばしエジプト王権を握った、と解されている。彼らはウマと戦車と築城術をエジプトにもたらし、デルタ地帯の古い町アバリス(おそらく今日のタニス)を復興して王都とし、エジプトの神セトをパレスチナのバアル神と同一視して崇拝し、エジプト支配の最初の外来人王朝として約150年にわたって統治した。強力な王はキヤン王と3人のアポピ王で、オリエント各地との交易を発達させた。
[酒井傳六]
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第2中間期にデルタ地帯を中心としてエジプトを支配したアジア系の支配者の総称。異国の支配者を意味する古代エジプト語の「ヘカウ・カスウト」が語源と考えられる。東デルタのテル・エル・ダバア遺跡の発掘により,この地が彼らの本拠地アヴァリスであることが判明している。中王国第12王朝時代に北シリアから傭兵としてエジプトに連れてこられたアジア人が祖先である可能性が高い。第15,16王朝を樹立してエジプト全土を支配した。
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…しかし前半は官僚機構が有効に働いたため社会の混乱は少なかった。デルタ東部国境の防備が手薄となったのに乗じてヒクソスとよばれる異民族がアジアより侵入,デルタ東部を中心に定着し,傭兵として実力を蓄えたのち,前1650年ころクーデタにより新王朝を開く(第15王朝)。前2千年紀前半の西アジアはインド・ヨーロッパ語系諸民族の移動を契機とする民族大移動期にあたり,小アジアのヒッタイト,ユーフラテス上流のミタンニ,バビロニアのカッシートなどインド・ヨーロッパ語系民族を支配者とする国家が建国された。…
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【車両の歴史】
[ヨーロッパ]
古代で車が目覚ましく活躍したのは,戦車である。最も注目すべき事件は,前1700年ころ,ヒクソスが馬の引っぱる戦車に乗ってエジプトに進入し,エジプトを100年あまり支配したことである。今日,最古の戦車の形を残しているのは,エジプトの前15世紀の浮彫である。…
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