翻訳|hysteresis
後からくるものの意味をもつギリシア語に由来する語で,1881-82年,A.ユーイングが東京大学に滞在中に行った実験に基づいて,強磁性体の磁化と磁場との関係に見られる一種の遅れの現象(磁場の変化に対して磁化の変化の追随が遅れる)に対して命名した。履歴現象ともいう。
強磁性体の磁化(単位体積当りの磁気モーメント)を磁場の関数として観測すると,図のようなグラフが得られる。すなわち,十分強い磁場を加えると,強磁性体は図のA点のように,一定の磁化(飽和磁化)に達する。A点から磁場を減らして0にすると,曲線はBに達する。OBを残留磁化という。磁場の向きを逆にして,負の向きに増加していくと,曲線はBCと変化し,磁化は0となる。OCは残留磁化を保つ能力を表す目安となるので保磁力という。さらに磁場を負の向きに増加すると,ついに磁化はDに達し負の向きに飽和する。再び磁場を正の向きに増加させていくと曲線はDEFAと変化する。このように磁化の変化は磁場の変化に遅れて追随する。強磁性体におけるヒステリシスは磁気ヒステリシスと呼ばれるが,単にヒステリシスといえば磁気ヒステリシスを指すことが多い。
曲線ABCDEFAをヒステリシス環線,ヒステリシスループあるいはヒステリシス曲線という。ヒステリシス環線の囲む面積は,磁化を一周変化させる間に磁場のする仕事を表し,これは強磁性体の単位体積当りに発生する熱量に等しい。これをヒステリシス損という。強磁性体を変圧器や電動機,発電機などの鉄心として用いる場合には,このようなヒステリシス損は電力の浪費となるので望ましくなく,なるべく保磁力を小さくしてヒステリシス損を小さくしたほうがよい。これに反して,永久磁石材料では,なるべく保磁力が大きく,残留磁化を減らしにくいことが望まれるため,ヒステリシス環線の幅は大きく,かつその形は角ばっているほうがよい。また録音,録画,磁気記録などに用いられる磁気テープ,磁気ディスクなどの磁性材料では,残留磁化を利用して記録をするため,適当に保磁力が大きく,またヒステリシス環線の形は適当に角ばっているほうがよい。
このようにヒステリシス環線の形は強磁性体の種類によって異なる。一般に鉄を主成分とする金属合金の磁性材料は,酸化物磁性材料に比べて飽和磁化が大きく,したがって残留磁化も大きい。これに反して保磁力は強磁性体の二次構造に関係しており,析出物などによって磁壁移動が阻害される場合には,ヒステリシス環線の幅は増大する。
このようなヒステリシスは強磁性体の磁気ヒステリシスのほかにもいくつか発見されており,強誘電体の分極と電場との関係にも現れる。これを誘電ヒステリシスというが,この場合にも,強誘電体の分域の境界移動に対する障害が原因となる。また,金属の応力とひずみとの関係にもヒステリシス(弾性ヒステリシスという)が現れる。この場合の原因は,金属内で転位が走り,すべり変形が生ずることによる。いずれにしても,ヒステリシス環線を一周する間に,物質の単位体積中には,環線で囲まれる面積で表される熱が発生する。
→磁化
執筆者:近角 聡信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
状況が大きく変動した後、元の状態には完全に戻り切らない現象をさす概念。ギリシア語で「後からくるもの」を意味し、過去に発生した事象(ダメージ)が現在の状態に、多大で長期的な影響を及ぼす現象を意味する。日本では「履歴現象」「履歴効果」ともよばれる。
もともとは物理学の用語で、明治期に東京大学に来日したお雇い外国人学者、ジェームズ・ユーイングが磁性体について発見した現象をヒステリシスと命名。その後、電磁気学、金属・材料学、機械学などで広く使われるようになった。経済学の分野では、景気や相場など経済状況が大きく変動した後に、元の状態に十分には戻らない長期停滞現象をさす。アメリカの経済学者サミュエルソンが1940年代に使ったのが最初とされる。その後、1980年代のヨーロッパの高失業状態を説明するため、盛んにヒステリシスが用いられた。アメリカの経済学者ブランシャールOlivier Jean Blanchard(1948― )とサマーズLawrence Henry Summers(1954― )は経済危機による総需要の低下は、(1)失業の長期化による人的資本の毀損(きそん)、(2)賃上げの抑制、(3)消費の低迷、(4)投資の削減、(5)研究開発、技術革新、新規開業の落ち込み、などの経路をたどって総需要を押さえ込み、潜在成長率が元の状態に戻るのを妨げる、と分析している。日本では、1985年(昭和60)のプラザ合意後の大幅な円高は、国内生産拠点の海外移転などを促したため、その後、円安に戻っても輸出が期待したほど回復しない根拠として、円高に伴うヒステリシスが引用された。またバブル崩壊後やリーマン・ショック後に、日本経済の成長率が大きく上昇しない原因の一つとしてヒステリシスが引用される場合がある。最近では、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)議長(当時)のイエレンが2016年の講演で、リーマン・ショック後の深刻な不況は失業者の人的資本の毀損などを通じて、潜在成長率を低下させているとして、世界金融危機後、長く失業率や潜在成長率が元に戻らない現象を説明するのにヒステリシスを使った。
[矢野 武 2018年5月21日]
物理学において履歴現象一般をいうが、多くの場合、磁気ヒステリシスを単にヒステリシスという(ほかに誘電ヒステリシス、弾性ヒステリシスがある)。
ヒステリシスはギリシア語で「後からくるもの」を意味し、明治期日本に招かれた(1878~1883)イギリスの物理学者J・A・ユーイングが、強磁性体の磁気的特質の研究の結果発見し、命名した(1881)。現象そのものはドイツのE・G・ワールブルクも同じ年に発見していた。
磁気ヒステリシスは、物質の磁化はそれに作用するそのときの磁場の値だけによっては定まらず、その物質の過去の磁気的履歴にも依存することをいう。すなわち、強磁性体の磁場と磁化の関係にみられ、磁場の変化に対して磁化の変化の追随が遅れる現象である。
[宮原将平]
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履歴現象ともいう.一つの量Aを増加させていくとき,他の量Bはそれに伴って変化するが,次にAを減少させても,Bはもときた道筋を戻らない現象をいう.この変化を表すAB曲線が,とくに閉曲線になる場合,この閉曲線をヒステリシスループという.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…強磁性物質では全体としての磁化は磁場に対して一義的に定まらず,ある磁場に対する磁化はそれ以前の磁化の状態がどうであったかによる。この現象を磁化のヒステリシスまたは磁気ヒステリシス(磁気履歴)magnetic hysteresisと呼ぶ。飽和磁化はその強磁性物質がその温度でもちうる最大の磁化で,磁区の中での磁化に等しく,自発磁化spontaneous magnetizationと呼ばれる。…
※「ヒステリシス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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