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ビニョーラ ビニョーラ Vignola, Giacomo Barozzi da

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビニョーラ
ビニョーラ
Vignola, Giacomo Barozzi da

[生]1507.10.1. ビニョーラ
[没]1573.7.7. ローマ
イタリアマニエリスムの代表的建築家。初め,ボローニャで B.バセロッティに学んだと思われ,同地には彼の初期の作パラッツォ・ディ・バンキがある。 1554年ローマに出てから本格的活動に入り,まず教皇ユリウス3世の別荘として 52年に起工されたビラ・ジュリア (G.バザーリ,B.アンマナーティと協同) ですぐれた才能を示し,また,サンタンドレア・イン・ビア・フラミニア聖堂などを設計した。

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百科事典マイペディアの解説

ビニョーラ

イタリア後期ルネサンスの建築家。ボローニャで学び,1564年ミケランジェロの死後サン・ピエトロ大聖堂建築主任となり,両側の2個の小ボールトを完成。代表作のローマのイル・ジェスー教会(1568年―1584年)はバロック教会堂建築に大きな影響を与えた。
→関連項目ポルタ

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世界大百科事典 第2版の解説

ビニョーラ【Giacomo Barozzi da Vignola】

1507‐73
イタリア・ルネサンス後期の建築家。ボローニャ西郊のビニョーラ生れ。古代ローマ建築に関する該博な知識を基礎とする古典主義的表現,豊かな空間的着想,職人的ともいえる精緻な収まりの技法を兼ね併せ,マニエリスム建築からバロック建築への橋渡しの役割を果たした。古代のウィラ(ビラ)の再現を目ざしたビラ・ジュリア(ローマ,1550着工),正多角形と円形を組み合わせた平面のパラッツォ・ファルネーゼ(カプラローラ,1558着工),バロック教会堂の手本とされたイル・ジェスー教会(ローマ,1568‐84)などを残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビニョーラ
びにょーら
Jacopo (Giacomo) Barrozi da Vignola
(1507―1573)

イタリアの建築家。北部イタリアのモデナに近い農村ビニョーラに生まれる。ボローニャで絵画と建築を学び、1530年からローマに定住。教皇ユリウス3世の御用建築家となり、バザーリやアンマナーティと協力してビラ・ジュリア(1551~55)の造営にあたり、また若いほうのサンガッロペルッツィが1520年代に起工し未完成のままであったビテルボ近郊カプラローラのビラ・ファルネーゼの建造を引き継いだ。これはブラマンテの影響をとどめるビニョーラの傑作である。教会堂建築では、ローマのサン・タンドレア聖堂(1554)が、方形のプランに楕円(だえん)形のクーポラを架した最初の事例で、バロックの萌芽(ほうが)が明瞭(めいりょう)である。また彼の代表作と目されるイル・ジェズ聖堂(ローマ)の平面プランにはアルベルティやミケランジェロの影響をとどめるが、正面の外観は84年にジャコモ・デッラ・ポルタによって完成されている。[濱谷勝也]

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世界大百科事典内のビニョーラの言及

【イル・ジェスー教会】より

マニエリスム後期の建築で,1568‐84年建設。ビニョーラが着工したが建設途中で没したため,ポルタが引き継ぎ,ファサードは後者のデザインによる。縦長の半円筒形ボールトひとつでまとめる幅広い身廊(単廊式,幅約20m)の構成や,アルベルティの手法を踏襲したファサードのデザインは,イエズス会の発展とあいまって,バロック期の教会堂建築に大きな影響を与えた。…

【マニエリスム】より

…これらの遺産の中からベルニーニがバロックの彫刻を生み出すこととなった。
[建築]
 建築では,古代ローマ建築の修復および発掘と,ミケランジェロの示した範例にもとづいて,16世紀初頭にウィトルウィウスの復活に見られるような古典復興がおこり,ビニョーラ(《建築の五つのオーダーの規範》1562)およびパラディオ(《建築四書》1570)は古典的建築理論の大家であった。彼らは,古典建築の諸原理を知りつくし,またそれを主知的に利用したことによって,〈手法主義〉的なマニエリストと考えることもできる。…

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