改訂新版 世界大百科事典 「ピランデロ」の意味・わかりやすい解説
ピランデロ
Luigi Pirandello
生没年:1867-1936
イタリアの劇作家,小説家。シチリアに生まれ,ローマ大学,続いてドイツのボン大学を卒業(1891),言語学を専攻した。このころゲーテの訳詩を含め数点の小詩集を出す。帰国後ベリズモ(真実主義)の影響下に,小市民層の灰色の生活を皮肉な憐憫の目で見つめた多くの短編小説《愛なき愛》(1894),《死と生の嘲笑》(1902-03),《罠》(1915),《明日は月曜日》(1917)など,また〈自由〉と社会的〈役割〉を対置させた《故マッティア・パスカル氏》(1904),リソルジメントの理想喪失の苦悩を描いた自伝的な《老人と若者》(1909)などの長編を発表し続けた。この間1903年には父の経営する硫黄鉱山会社が破産し,経済的自立を迫られる一方,この事件をきっかけにそれまでも精神の安定を欠きがちであった妻の異常な嫉妬に悩まされるようになる。妻の狂気は終生彼の重荷となり,その作品世界にも決定的な影響を及ぼした。また評論《ウモリズモ論》(1908)では自作小説の主題を理論的に解明し,人生を流動する〈生命〉とそれを固定する〈形式〉の対立葛藤とみる二元論を展開している。彼の小説は精神病理学の問題が文学の素材となり得ることをいち早く証明したものといえる。10年以降は短編の主人公が一人称で直接観客に語り始めたような戯曲を次々に発表する。《用心しろジャコミーノ》(1916),《そうと思えばその通り》《鈴付き帽子》(ともに1917),《昔のごとく昔より良し》(1920)により劇作家の地位を確立したのち,《作者を探す6人の登場人物》(1921)の革命的作劇術や,狂気と正常が対峙混在する《ハインリヒ4世》(1922)により世界演劇にピランデロ旋風を巻き起こすと同時に多くの哲学的論議を引き起こし,現代の前衛劇,不条理劇に多大な影響を与えた。晩年に政治,宗教,芸術を主題にした〈神話〉劇《新しい植民地》(1928),《ラザロ》(1929),未完の《山の巨人たち》(1937)を残した。34年ノーベル文学賞を受賞する。
執筆者:里居 正美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報