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ピランデロ

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百科事典マイペディアの解説

ピランデロ

イタリアの小説家,劇作家。自然主義イタリアでは〈ベリズモ〉と呼ばれる)の影響下に,故郷シチリアの生活に題材を得た作品によって出発。現実と虚構,狂気と正気の微妙なはざまにあって曖昧となる〈真実〉,危機にさらされる自己同一性などを主題とした作品を経て,やがて舞台と客席,俳優と観客のあいだの境界をとり去るなど,演劇形式そのものを破壊するような作品に到達した。
→関連項目カセラステージソサエティピトエフ

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世界大百科事典 第2版の解説

ピランデロ【Luigi Pirandello】

1867‐1936
イタリアの劇作家,小説家。シチリアに生まれ,ローマ大学,続いてドイツボン大学を卒業(1891),言語学を専攻した。このころゲーテの訳詩を含め数点の小詩集を出す。帰国後ベリズモ(真実主義)の影響下に,小市民層の灰色の生活を皮肉な憐憫の目で見つめた多くの短編小説《愛なき愛》(1894),《死と生の嘲笑》(1902‐03),《罠》(1915),《明日は月曜日》(1917)など,また〈自由〉と社会的〈役割〉を対置させた《故マッティア・パスカル氏》(1904),リソルジメントの理想喪失の苦悩を描いた自伝的な《老人と若者》(1909)などの長編を発表し続けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピランデロ
ぴらんでろ

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世界大百科事典内のピランデロの言及

【イタリア演劇】より

…以後,ロッソ・ディ・サンセコンド,ボンテンペリの同質的な作品が現れるに及んで,彼らは〈グロテスク派〉と名付けられた。このグロテスク派から1人ぬきんでて,ヨーロッパ演劇の新たな地平を切り開いたのがL.ピランデロである。1910年《万力》を書いて以来,遺作《山の巨人たち》までの26年間に40編以上の戯曲を発表したが,20世紀ヨーロッパの代表的劇作家としての地位を確立させたのは,《作者を探す六人の登場人物》(1921)であった。…

【劇中劇】より

…複雑なものになると,一編の劇が複数の劇中劇を含んでいたり,劇中劇の中にさらに劇中劇があったり,劇中劇の稽古や上演とそれにかかわる俳優や観客の生活とが並行して進むというかたちをとったりする。したがって,たとえばピランデロの《作者を捜す6人の登場人物》(1921)のように,劇中劇を含む劇の登場人物は,演出家や俳優など演劇を仕事とする人であることが少なくない。 言い換えれば,劇中劇形式は必然的に演劇そのものへの反省を含むことになる。…

【シチリア[島]】より

…シチリア島の日常会話語を母体とするベルガの詩的散文は,長・短編小説群となって結実し,同じくカターニア市出身の評論家L.カプアーナによって〈ベリズモ(真実主義)〉と規定され,イタリア各地とくに南部諸地域に,リアリズム文学を勃興させ,地方主義文学と呼ばれるにいたった。デ・ロベルトFederico De Reberto(1861‐1926)やL.ピランデロの長・短編小説も,また遅れて長編《山猫》一作を書き残したランペドゥーサGiuseppe Tomasi Di Lampedusa(1896‐1957)も,〈ベリズモ〉の周縁に位置している。 20世紀前半のイタリア文学は,一気に近代化をはかろうとして,〈未来派〉や〈魔法のリアリズム〉などいわゆるモダニズムの運動が顕著で,これらの文学運動はファシズムに同化していった。…

※「ピランデロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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