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フュステル・ド・クーランジュ Fustel de Coulanges, Numa Denis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フュステル・ド・クーランジュ
Fustel de Coulanges, Numa Denis

[生]1830.3.18. パリ
[没]1889.9.12. マッシー
フランスの歴史家。エコール・ノルマル・シュペリュール (高等師範学校) を卒業後,各地で教鞭をとる。 1864年『古代都市』 La Cité antiqueを出版。一貫してミシュレらのロマン主義的歴史観を排し,あくまで事実を重んじる客観的方法をとった。『古代フランス政治制度史』 Histoire des institutions politiques de l'ancienne France (1875~92) ではミシュレと反対の立場をより明確にした。 1875年パリ大学教授,1880年に母校の校長に就任。

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百科事典マイペディアの解説

フュステル・ド・クーランジュ

フランスの歴史家。ソルボンヌ教授。古代・中世史研究の史料批判の方法を確立し,フランスの近代的史学の祖といわれる。主著古代都市》《旧フランス政治制度史》。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フュステル・ド・クーランジュ
ふゅすてるどくーらんじゅ
Numa Denis Fustel de Coulanges
(1830―1889)

フランスの歴史家。高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリュール)を卒業後、アテネのフランス学院で古典(ギリシア・ローマ)古代史を研究、『キオス島考』を発表し(1856)、『ポリビオス研究』で学位を得、1860年からストラスブール大学の教授、64年『古代都市』La cit antiqueを刊行。古代ギリシア・ローマの社会的結合が宗教(たとえば家族統合での祖先崇拝など)によって規制されていることを強調して有名になる。70年から母校エコール・ノルマルの教授。75年からパリ大学で中世史を講義し、78年正式の教授。80~83年エコール・ノルマルの学長を務め、のちふたたびパリ大学教授。代表的著作は前記『古代都市』のほかに、『古代フランスの政治制度史』Histoire des institutions politiques de l'ancienne France, 6 vols.(1875~92)がある。この著作で彼は、封建制度の形成におけるゲルマン的要素よりも、ローマ的要素の重要性を主張した。彼の歴史研究は徹底した原典史料の文献学的研究を基礎とする実証的立場にたち、その点で、19世紀末のフランス史学に大きな影響を与えた。[前川貞次郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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