模倣対位法(対位法)による音楽書法および形式。〈逃げる〉を意味するラテン語fugereに由来し,〈遁走曲〉などと訳すこともある。歴史的にその概念や技法は一様ではないが,17~18世紀の器楽曲の最も主要な形式の一つに数えられる。
フーガは主題に対して5度および4度関係をとって模倣的に応答する書法をとり,主題に対して正確に5度および4度関係をとって模倣するものを〈真正応答〉,調的関係を維持するために,その音の一部を変えたものを〈守調的応答〉という。使用される主題の数に応じ,〈二重フーガ〉,〈三重フーガ〉などと呼ばれる。
音楽史においてフーガという用語が登場するのは14世紀初めに声楽形式としてであるが,必ずしも特定の書法を意味してはいない。15世紀ころにはとくにカノン(厳格模倣形式)を意味するものとして用いられ,最初の音楽辞典として知られる《楽語集》(1473ころ)を編んだJ.ティンクトリスもこの意味でフーガを規定している。しかし,16,17世紀においては模倣書法の総称として用いられることも多い。フーガが楽式として形成されるのは,模倣対位法による器楽形式の成立と調性の確立という二つの大きな要因と結びついている。フランドル楽派におけるモテットなど声楽曲における模倣対位法の手法は,まず〈主題〉の観念を確立するとともに,応答や対位句などの技巧を整備する。この技巧はリチェルカーレやカンツォーナ(カンツォーネ),カプリッチョといった器楽形式に受け継がれる。これら前フーガ的段階の作品として重要なのは,カバッツォーニGirolamo Cavazzoni(1510ころ-65以後)が1543年に出版したリチュルカーレである。すでにここにおいてはフランドル楽派の通模倣様式とともに,主題と応答との調的関係といった手法が確立されている。フレスコバルディを一つの頂点とするリチェルカーレの形式は17世紀にドイツに受け継がれ,固有の楽式としてのフーガへと形を変えていく。
ドイツにおけるフーガの作曲家としてまず挙げられる存在は,フローベルガーおよびケルルJohann Kaspar von Kerll(1627-93)である。彼らにおいて主題と応答の関係が主調と属調という調的対立においてとらえられ,さらにパッヘルベルらにおいては,主題の提示の部分とエピソードの部分との形式的な構築性が追究されるようになる。また,リチュルカーレにおける動きの少ないゆったりとした主題に代わり,運動性や多様性に富んだフーガ独自の主題が求められ,主題の入りを明確にするために,しばしば跳躍音程を取り入れるくふうも行われるようになった。
フーガの技法の最も高い芸術性はJ.S.バッハにみることができる。彼はフーガの主題を,より個性的なものにするとともに,楽曲全体に調的対立に基づく形式性を与えた。とくに重要な作品は《平均律クラビーア曲集》と《フーガの技法》である。とくに後者においてバッハは,反行・逆行,拡大・縮小を含むあらゆる種類のフーガの技巧の集大成を意図している。
古典派に入るとフーガは新しい意味をもつようになる。モーツァルトの《レクイエム》やベートーベンの後期のピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲で用いられたフーガの技法は,J.S.バッハ以後の最も重要な作品群であるが,ホモフォニックな語法のなかにポリフォニーの手法を巧みにからませ,独得な様式性を形成している。19世紀においてフーガの作曲家として特記されるのはメンデルスゾーンやリスト,それにフランクやサン・サーンスなどのフランスの作曲家である。彼らの作品の多くはオルガン作品であり,19世紀のオルガン音楽の再認識と結びついている。メンデルスゾーンのピアノのための《六つの前奏曲とフーガ》(作品35,1837)はJ.S.バッハ再認識を反映している。そのほか,ブラームスなどもフーガを手がけている。20世紀ではM.レーガーや新古典主義的傾向のヒンデミット,《24の前奏曲とフーガ》(1950-51)を作曲したショスタコービチらの例もあるが,注目に値するのはバルトークの《弦楽器,打楽器,チェレスタのための音楽》(1936)の第1楽章である。ここでは偶数番の主題の入りは5度上方に重ねられ,奇数番の入りは5度下方に置かれるという技法が用いられている。
執筆者:西原 稔
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「遁走曲(とんそうきょく)」と訳されることもある。原義は「逃走」で、音楽用語としては、古くは厳格なカノンを意味したが、17世紀以来、模倣対位法によるもっとも完成された音楽形式または書法をさすようになった。
[寺本まり子]
フーガは歴史的に変化し、きわめて多様であるが、すべてのフーガには次のような共通した特徴がみられる。すなわち、主題と一定数の声部(多くは三声または四声)によるその模倣を基礎にした対位法様式で書かれており、全体は主題提示部と間奏部との交代からなる。この主題提示部の数は一定ではないが、典型的にはおおむね三部分である。ここでは、主題がまず一声部に提示され、他の諸声部はそれを順に模倣していく。この場合、主題の通例五度上(四度下)の模倣、すなわち主題の「応答」と、主題の原形とが交互に現れる。そして主題の提示を終えた声部は、次の声部が応答を行うとき、引き続き「対位句」(「対位旋律」)を奏する。すべての声部が主題の提示を終えると間奏部に入るが、ここでは主題部分などに由来する短い動機が比較的自由な対位法で編まれている。なお、このほかにも、主題の音価の拡大や縮小、主題の転回、ストレッタ(応答が主題の完結以前に入ること)などの手法がしばしば用いられる。また、このような単主題のフーガに対して複主題のフーガもあり、主題の数に従って二重フーガ、三重フーガなどとよばれる。
[寺本まり子]
それはイタリアにおけるリチェルカーレやカンツォーナなどの、模倣的対位法による器楽形式の成立から始まる。アンドレア・ガブリエリやフレスコバルディの育てたこれらの形式は、スウェーリンクやフローベルガーらの手を経て北方に伝わり、17世紀のドイツでフーガへと発展した。パッヘルベルやJ・C・F・フィッシャー、シャイト、ブクステフーデらはフーガの形式を整え、対位法技法を洗練することに貢献した。これらの業績を受け継いだJ・S・バッハは、調的、和声的な新しい体系との結合によって、フーガの頂点を築いたが、彼のフーガは、比類なく芸術的で個性的な主題をもち、きわめて、精密な対位法を示している。
バッハ以降、フーガは他の楽曲の一部として用いられることが多く、とくにベートーベンの後期のピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲において重要な役割を果たしている。また現代では、レーガーやヒンデミットに新しいスタイルのフーガがみられる。
[寺本まり子]
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…変奏されるのは,旋律に限らずリズム,和声,音色などあらゆる要素に及び,調も一定でない。(6)フーガ 対位法の最高の段階。一つの主題が特定の調設計に従って各声部で模倣対位法的に展開されていく。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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