ブレトン・ウッズ体制(読み)ぶれとんうっずたいせい(英語表記)Bretton Woods system

知恵蔵の解説

ブレトン・ウッズ体制

保護貿易、競争的為替相場切り下げなどが第2次世界大戦の遠因になったとの反省から、国際貿易の自由化と経済成長、雇用促進を目的として創設されたIMF世界銀行GATT(WTOの前身)を軸とする第2次大戦後の国際経済体制。固定為替相場制を基礎とするIMF中心の国際通貨体制を指して使われることも多い。1944年7月、米国のニューハンプシャー州ブレトン・ウッズにおいて調印されたIMF協定によって、(1)各国は共通尺度としての金、または44年7月現在の量目純分を持つ米ドルで、その通貨の平価を表示し、為替相場の変動を平価の上下各1%以内に抑えること、(2)平価は基礎的不均衡がある場合にしか変更が認められないこと、などが定められた。この体制は、IMFが加盟国に短期的国際収支赤字のファイナンス資金を貸し出すこと、米国がドルを公定価格でいつでも金と交換すると約束することによって支えられていたが、71年8月にニクソン米大統領がドルの金交換性を停止し(ニクソン・ショック)、終わりを告げた。

(絹川直良 国際通貨研究所経済調査部長 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

百科事典マイペディアの解説

ブレトン・ウッズ体制【ブレトンウッズたいせい】

米国と英国が中心につくった国際通貨体制。IMF体制とも。第2次大戦末期の1944年,米国のブレトン・ウッズで開かれた連合国会議(45ヵ国参加)で成立したブレトン・ウッズ協定にもとづく。戦後の通貨安定のため金ドル本位制度と固定為替相場制を採用。貿易振興,発展途上国開発などを討議し,国際通貨基金(IMF),国際復興開発銀行(世界銀行),国際貿易機構の設立を決定した。しかし1968年米国が金とドルの交換を事実上停止,1971年のスミソニアン体制によるてこ入れも効果をあげず,1973年春までに主要国は固定為替相場制を放棄してブレトン・ウッズ体制は終わった。
→関連項目ニクソン・ショック

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