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ホプキンズ ホプキンズ Hopkins, Charles

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Charles

[生]1664
[没]1700頃
イギリスの劇作家,詩人。ケンブリッジ大学卒業。ドライデンコングリーブらに目をかけられた。彼らを模倣した流暢な筆致の悲劇3編と書簡体の詩,オウィディウスの翻訳などがある。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Esek

[生]1718.4.26. ロードアイランド,シチュエート
[没]1802.2.26. ロードアイランド,プロビデンス
アメリカの軍人。アメリカ独立戦争のとき,ロードアイランド民兵軍の准将となり,1775年大陸会議の命令で独立軍海軍最高司令官となったが,チェサピークのイギリス艦隊を攻撃せよという大陸会議の命令に違反して,バハマで作戦を展開したため解任され (1777) ,翌年海軍からも免職された。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Sir Frederick Gowland

[生]1861.6.20. イーストボーン
[没]1947.5.16. ケンブリッジ
イギリスの生化学者。ビタミンの発見で知られる。病院勤務ののち,1898年よりケンブリッジ大学で研究を行い,同大学教授 (1914~43) 。 1901年にアミノ酸の一種トリプトファンを発見。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Gerard Manley

[生]1844.7.28. エセックスストラトフォード
[没]1889.6.8. ダブリン
イギリスの詩人。オックスフォード大学卒業。 1866年カトリックに改宗,77年司祭に叙任。ダブリンのユニバーシティ・カレッジ古典語教授。幼少から繊細な美意識と敬虔な宗教心とをもち,オックスフォードにおける J.H.ニューマンアーノルドペーターらの影響や,修道士としての修練などが相まって,特異な聖職者詩人となった。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Harry Lloyd

[生]1890.8.17. アイオワ,スーシティ
[没]1946.1.29. ニューヨーク
アメリカの政治家。 1912年グリネル大学卒業後,ニューヨークで社会事業に従事。 31年恐慌が深刻化するなかでニューヨーク州臨時緊急救済局局長として活躍。 33年には新設の連邦緊急救済局長官となり,失業対策に尽力するなど F.ルーズベルトニューディール政策に協力。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Johns

[生]1795.5.19. メリーランド,アンアランデル
[没]1873.12.24. メリーランド,ボルティモア
アメリカ,ボルティモアの実業家。ジョンズ・ホプキンズ大学とジョンズ・ホプキンズ病院の創立者。問屋,手形ブローカー,倉庫業者として富を築き,ボルティモア・オハイオ鉄道の最大の株主,ボルティモア商人銀行の頭取などをつとめた。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Mark

[生]1802.2.4. マサチューセッツ,ストックブリッジ
[没]1887.6.17. ウィリアムズタウン
アメリカの教育家,道徳哲学者。 1830~87年ウィリアムズ・カレッジで教鞭をとり,その間 36~72年学長。彼の哲学観は 18世紀のピューリタニズムと 19世紀の進歩主義の融合したもので,ローエル技術学院で「富の福音」について説教し,利得の重要性を説くとともに,キリスト教的立場に立って用いていかねばならないことを強調した。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Samuel

[生]1721.9.17. ウォーターベリ
[没]1803.12.20. ニューポート
アメリカの会衆派の神学者,牧師,奴隷解放論者。エール大学に学び,グレートバリングトン (1743~69) ,ニューポート (70~1803) で会衆派牧師をつとめる。カルバン主義の立場に立ち,J.エドワーズの影響を受けてホプキンズ説と呼ばれる神学思想を主張した。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Stephen

[生]1707.3.7. ロードアイランド,プロビデンス
[没]1785.7.13. ロードアイランド,プロビデンス
アメリカ独立革命期の政治家。独立宣言署名者の一人。ロードアイランド植民地議会議員,民事訴訟裁判所判事を経て同植民地総督 (1755~56,58~61,63~67) 。大陸会議代表 (74~76) で,連合規約起草委員。

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ホプキンズ
ホプキンズ
Hopkins, Sir Anthony

[生]1937.12.31. ポートトールボット
イギリス,ウェールズ出身の舞台・映画俳優フルネーム Philip Anthony Hopkins。強烈な個性で知られ,特に狂気を帯びた人物の演技は圧巻。子供の頃はピアニストに憧れていたが,18歳のとき YMCAの演劇クラブに参加して芝居を始めた。

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百科事典マイペディアの解説

ホプキンズ

英国の生化学者。ケンブリッジ大学生化学教室初代教授。尿酸の定量法を創始し,トリプトファングルタチオンなどのアミノ酸の分離に成功。またマウスの食餌の研究で四大栄養素だけでは正常に発育できないことを確かめ,今日のビタミン研究の基礎をつくった。

ホプキンズ

英国の詩人。イエズス会士として敬虔(けいけん)な信仰と激しい感受性にみちた宗教詩を書いた。作品は死後1918年出版され,古英語の韻律に学んだ独特な韻律(スプラング・リズムsprung rhythm)と造語法は現代詩に大きな影響を与えた。
→関連項目ブリッジズ

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世界大百科事典 第2版の解説

ホプキンズ【Frederick Gowland Hopkins】

1861‐1947
イギリスの生化学者。イーストボーンの生れ。正規の科学教育は受けず,ガイ病院の検査部門(1888)で生体物質の分析や検出反応を研究。ケンブリッジ大学に招かれ(1898),微量栄養素(ビタミン,1906),筋肉収縮の生化学(1907),グルタチオンの発見(1927)などの業績をあげた。同大学に新設された生化学講座の教授となったのは1910年。29年,ビタミンの発見でC.エイクマンとともにノーベル医学・生理学賞を受賞した。

ホプキンズ【Gerard Manley Hopkins】

1844‐89
イギリスの詩人。オックスフォード大学在学中,W.ペーターの唯美主義とM.アーノルドの人文主義にともにひかれながらも,強い宗教的情熱ゆえに,E.B.ピュージーの〈高教会運動〉を経てJ.H.ニューマンの影響のもとカトリックに改宗するに至った。1868年にはイエズス会に加わり,信仰への献身のため,10代のころから書き続けていた詩のすべてを焼き捨てた(実は少数の詩編は免れた)。75年にテムズ河口で起きた海難で5人の修道女が溺死したが,これをきっかけに傑作《ドイッチュラント号の難破》(1876執筆)を書き上げて以来,詩作を再開,ダブリン大学の古典語教授として没するまでに,数十編の詩を書き残した。

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世界大百科事典内のホプキンズの言及

【ビタミン】より

…このような現象は他の鳥類にもみられるところから〈鳥類白米病〉と呼ばれたが,彼は原因は白米中の毒素によるものと考えたが,弟子のグリーンスG.Grijnsは,米ぬかに未知の必須栄養素を含んでいるためと主張,1906年にエイクマンはこれを認め,白米がこの必須栄養素を欠くためだと推定した。 同じころ,イギリスのF.G.ホプキンズもラットの飼育実験で,純粋な糖質,脂肪,タンパク質および塩類からなる飼料だけではその成長に不十分であり,全乳を添加すると完全になることを見いだし,全乳中に微量の〈副栄養素〉が含まれると発表した(1906)。 こうしたなかで,はじめて詳しい化学実験をしたのは鈴木梅太郎であった。…

【ブリッジズ】より

…初期の詩《愛の成長》(1876),《エロスとプシュケー》(1885)のほか,《短詩集》(1890)もある。《ミルトンの韻律》(1893)や《キーツ論》(1895)などの評論は韻律的技法への高度の関心の産物であるが,彼の最大の業績はまったく無名であった友人G.M.ホプキンズの詩集を編集刊行(1918)したことであろう。これによってホプキンズは現代詩に大きな影響を与えることになったが,皮肉にもブリッジズ自身は友人の革新性を十分に理解していなかったと思われる。…

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