コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ボース ボース Bose, Satyendra Nath

12件 の用語解説(ボースの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボース
ボース
Bose, Satyendra Nath

[生]1894.1.1. カルカッタ
[没]1974.2.4. カルカッタ
インド物理学者。カルカッタのプレジデンシー・カレッジで学び,ユニバーシティ・カレッジ講師 (1916) ,ダッカ大学助教授 (23) 。フランスドイツに留学 (24) ,帰国後,ダッカ大学教授 (27) ,カルカッタ大学教授 (45) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ボース
ボース
Bose, Subhas Chandra

[生]1897.1.23. オリッサカタック
[没]1945.8.19. 台北
インドの民族独立運動家。 1920年インド文官職採用試験に合格したが,翌年任官を辞退し,M.ガンジーの反英非協力運動に参加。 38,39年にインド国民会議派総裁に選出されたが,ガンジーとそりが合わず脱退,39年4月「フォワード・ブロック」を結成。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ボース
ボース
Beauce

フランス北部,パリの南西からオルレアンの森へつながる石灰岩台地から成る地方。ロームにおおわれた肥沃な土地で,フランス有数の穀倉地帯。小麦とテンサイが主産物。平坦な景色を村々の聖堂の尖塔が彩る。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ボース(Satyendra Nath Bose)

[1894~1974]インドの物理学者。光量子に関する量子統計の方法を導出し、1924年アインシュタインに論文を送付。アインシュタインがこれを光子から気体分子に拡張して展開する端緒となった。

ボース(Subhāsh Chandra Bose)

[1897~1945]インドの民族主義者。国民会議派の指導者の一人。第二次大戦開始とともに、ドイツ・日本などとの協力による反英・独立闘争を企図し、インド国民軍を組織して日本軍に協力したが失敗。飛行機事故で死亡。チャンドラボース

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ボース

インド独立運動の指導者。インド総督暗殺計画が失敗して官憲に追われ,1915年日本に亡命した。新宿〈中村屋〉主人の相馬夫妻にかくまわれ,夫妻の娘と結婚した。日本の軍勢力と結んでインド解放を達成せんとし,インド国民軍の創設に関係した。

ボース

インド独立運動の指導者。ケンブリッジ大学卒業後,ガンディーの対英不服従運動に参加。しばしば投獄された。国民会議派左派に属し,その指導者の一人であったが,主流派と意見が合わず1939年除名。
→関連項目インパール作戦大東亜会議

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ボース Bose, Subhas Chandra

1897-1945 インドの独立運動家。
1897年1月23日生まれ。国民会議派の左派指導者で,ガンジーと対立し離党する。第二次大戦中は反英運動で拘留され,のちドイツへ脱出。昭和18年来日し,その後シンガポール自由インド仮政府を樹立した。1945年8月18日台湾での飛行機事故で死亡。48歳。ベンガル地方出身。ケンブリッジ大卒。

ボース Bose, Rash Behari

1886-1945 インドの独立運動家。
1886年3月15日生まれ。大正4年(1915)日本に亡命,おなじく亡命中の孫文と親交をむすぶ。国外退去令をうけたが頭山満(とうやま-みつる)らの助けで東京新宿中村屋の相馬愛蔵・黒光(こっこう)夫妻のもとにかくれた。相馬家の長女俊子と結婚し,12年日本に帰化。中村屋の「カリーライス」の生みの親。昭和20年1月21日死去。60歳。ベンガル地方出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ボース【Rash Bihari Bose】

1886‐1945
インド民族運動の指導者。日本に長く在住して〈中村屋のボース〉として有名。1908年ごろからベンガル民族運動を指導し,当時の風潮のなかでテロリズム系の運動を行う。12年,インド総督ハーディングに爆弾を投てきして負傷させたが,15年ラホール兵営反乱は失敗に終わった。15年,訪日し時を同じくして亡命中の孫文と邂逅し,知遇を得た。その年の11月,イギリスの圧力による国外退去令に際して,孫文,頭山満などの助けにより,中村屋主人の相馬愛蔵・黒光夫妻のもとに隠れた。

ボース【Subhas Chandra Bose】

1897‐1945
インドの政治家。インドの独立を目ざした民族運動の指導者。ベンガル州の富裕な名家に生まれ,ケンブリッジ大学卒業。インド高等文官試験(I.C.S.)に優秀な成績で合格したが,たまたまマハートマー・ガンディーの呼びかけたインド政庁への非協力・不服従運動にこたえて,高等文官になることを辞退し,民族運動に参加した。たちまちベンガル地方の指導者D.C.R.ダースに認められてぬきんでた若手指導者となった。1924年インド国民会議派カルカッタ支部執行委員皮切りに,運動中逮捕されて拘留中にもベンガル州立法参事会議員に選出され,さらにカルカッタ市長にも選ばれた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ボース【Bose】

〔Satyendra Nath B.〕 (1894~1974) インドの物理学者。アインシュタインに送付した論文の中で、プランクのエネルギー分布式をボース統計として知られる方法で導き(1924年)、アインシュタインが光子から気体分子にまで拡張する端緒を与えた。
〔Subhas Chandra B.〕 (1897~1945) インドの政治家。反英不服従運動に参加。国民会議派の急進的指導者としてガンジーと対立。第二次大戦にはドイツ・日本に頼って反英独立を叫び、日本軍のインパール作戦に協力したが失敗、台湾で事故死。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ボースの関連キーワード自然淘汰スキー八雲愛人松柏砂山チェリーなんか花菱ぶうぶう

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ボースの関連情報