インド北東部,ビハール州ガヤー市の南約8km,リラージャーン川(古名〈ナイランジャナー〉,その漢訳名〈尼連禅河〉)の西岸にある釈迦の成道処で,仏教随一の聖地。〈ブッダガヤーBuddhagayā〉,またその音写〈仏陀伽耶〉の名でも知られる。釈迦がその下で悟りを開いた菩提樹を欄楯で囲み菩提道場としたのに始まり,大精舎(マハーボーディ,大菩提寺)の創建はグプタ時代(5~6世紀)であろう。現在の方錐形の大精舎(高さ約52m)は,1870年代の末から数年かけてビルマ(現ミャンマー)の仏教徒が大改修したもの。修復作業とともに周辺の発掘が行われ,遺跡が整備された。大精舎の西側,基壇に接して石の台座すなわち金剛宝座があり,これを覆うように菩提樹が枝を広げている。この金剛宝座に釈迦が座ったと伝えるが,刻まれた文様の作風から考えて前2世紀のものであろう。美術史的に最も重要なものは大精舎を囲んでいた砂岩製の欄楯で,仏教説話図,聖地参拝図,守護神像,動植物文様などの浮彫がある。図柄は簡素であるが自然な空間表現に特色があり,有翼の馬(ペガソス),人魚(トリトン),半人半馬(ケンタウロス)などのギリシア的な主題がみられるのも興味深い。おそらく前1世紀の作で,花コウ岩製のものはグプタ時代の増補柱。この欄楯の大部分はレプリカと取り替えられ,原物は遺跡の南西方の考古博物館に移されている。
執筆者:肥塚 隆
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インド東部のビハール州,ガヤーの南6kmにある仏教聖地。ブッダが悟りを開いた場所で,ブッダがその下に座したとされるボーディ樹は古くから尊重され,随伴する寺院も建立された。マウリヤ朝期の金剛座(こんごうざ),シュンガ朝期の欄柱が残り,6世紀には尖塔をもつ大寺院も建築され,海外の仏教徒およびパーラ朝の保護により栄えた。13世紀にムスリム勢力による破壊を受けたものの,ビルマの仏教徒により修復され,その後も巡礼は継続した。
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…すなわちストゥーパの覆鉢はレンガ積みから切石積みに,塔門や欄楯(らんじゆん)は木造から石造にかわり,仏教説話を主題とする浮彫が現れた。遺品はガンガー川流域から東マールワー地方にかけて分布し,サーンチー,バールフット,ボードガヤーのそれが重要である。 サーンチーでは第2塔の欄楯のみがこの時代に属し,その欄楯柱を飾る浮彫は浅く平面的で素朴な表現になり,人物や動植物の装飾的な図様を主体とし聖地供養図や守護神像も含まれるが,説話図はまだ見られない。…
※「ボードガヤー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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