マスムーブメント(英語表記)mass movement

翻訳|mass movement

改訂新版 世界大百科事典 「マスムーブメント」の意味・わかりやすい解説

マス・ムーブメント
mass movement

斜面を構成している岩石岩屑土砂などが,流水氷河,風,波などの働きによらず,もっぱら重力に引きずられて斜面下方に移動する現象の総称地表や地表付近では,風化作用によって岩石がもとの塊から分離し細片化して動きやすくなっている。とくに岩屑や土砂の間隙や岩石の割れ目が水や氷に満たされると,内部摩擦が減少して緩斜面でも斜面物質の移動が起こる。この場合の水や氷は潤滑材の作用をしているだけで,それが流動して物質を運搬しているのではない。水や氷は河川や氷河となって流下し,岩屑や土砂を運搬するが,その流れに向かって斜面から物質を供給するのがマス・ムーブメントである。したがってマス・ムーブメントは,斜面物質を除去して地表を削剝し低下させ,斜面の地形発達に重要な役割を果たしている。本来の語意からすれば,マス・ウェースティングmass wastingの語をあてるのが適当とする意見もある。訳語としては物質移動が提唱されているが,あまり一般化していない。

マス・ムーブメントは,地質,地形,気候,植生などの諸条件が複雑に関与し合って生じるので,運動の様式や速度がさまざまのものを含んでいる。そのため完全な分類は困難であるが,運動の様式,速度,移動する物質の種類,その中に含まれる水や氷の量などの因子を組み合わせていくつかの代表的なタイプに分けられる。普通はまず,移動する斜面物質の塊と,その下の不動部分との境界にすべり面が存在するか否かによって,運動様式を流動と滑動に大別する。流動ははっきりしたすべり面をもたずに物質の塊が塑性変形しながら移動する現象を指す。流動はさらに観測によらなければ動きを検出できないような,緩慢な流動と肉眼で動きを感知できる急速な流動に二分される。滑動は滑り面上を斜面物質がそのままの形で,あるいは破砕しながら移動する現象である。剝離した斜面物質が斜面にあまり接触せず,空中を垂直に移動するのが落下,周囲を完全に不動の地面に囲まれた地表の一部が垂直に低下するのが沈下である。以上のように,運動様式を緩慢な流動,急速な流動,滑動,落下,沈下に分類し,それに他の因子を組み合わせて細分する。

クリープソイルクリープ匍行(ほこう))とソリフラクションに分けられる。クリープは水や氷の含有が比較的少ない岩屑や土が,変形しながら斜面下方へ移動する現象。マス・ムーブメントのうち最も動きが遅く,地表面での移動速度は多くの場合年数cm以下である。匍行する物質によって次の三つに分けられる。個々の岩屑の匍行は岩石匍行rock creep,岩屑の集合体である崖錐のそれは崖錐匍行,土の場合は土壌匍行である。また,その原因が凍結融解作用によるものに次のようなものがある。地表の物質が斜面に対して垂直に立つ霜柱によって押し上げられ,その融解とともに重力の方向に落下,沈下することによって移動する霜柱匍行frost creep,岩屑の集合体が中に含まれた水の凍結融解によって一体となって斜面を移動する岩塊流block stream,岩屑層の中に氷の塊が存在するものは岩石氷河rock glacierと呼ぶ。これらは他の匍行よりもかなり速く,最大のものは年1mを超えることがあり,それぞれ特有の周氷河地形を形づくる。ソリフラクションは多量の水を含んだ表層物質の緩慢な流動で,一般にクリープより動きが速い。周氷河地域では,凍土中に下層から吸い上げられ氷として析出していた水が,融解時に放出されるうえに融雪水が加わり,さらに下層に残る凍土が水をとおさないので飽和状態をつくりやすく,他地域よりもソリフラクションが活発に起こる。このような凍土の融解によるものを,ジェリフラクションgelifluctionと呼んで他と区別することがある。

火山灰や砂,粘土など細粒の堆積物やそれらを多く含んだ岩屑層に,降雨,融雪,地下水の湧出,火山活動などで急に多量の水が加わると,速度の大きな斜面物質の流動が起こる。物質の性質と含水量の多少によって土砂流earth flow,泥流mud flow,土石流岩屑なだれdebris avalancheに分けられる。いずれもその発生は一時的かつ偏在的である。土砂流は含水量は他より少ないが,下層に水をとおしにくい粘土層があるとき,それを覆う砂や砂と粘土の中間粘度の砕屑物であるシルト層が,緩やかに変形しながら流下する現象である。泥流は多量の水を含んだ細粒の土の流れで,前者よりも速い。乾燥,半乾燥,高山のような,流動を妨げる植物の被覆に乏しく,かつ間欠的に急激な水の供給がある所で生じやすい。火山の水蒸気爆発や,山頂の火口湖中に起こった火山活動による溢水で発生する泥流は,火山泥流として区別される。土石流はさらに多量の水を含んだ岩屑層が一体となって高速で流動する現象で,集中豪雨の際に発生しやすい。岩屑なだれは急斜面の岩屑が,豪雨や地震によって,突然崩れ落ちるようにして流動する。場合によっては滑動や落下を伴っている。多量の水を含むものと,あまり水を含まず粉体流のように空気を巻き込み,きわめて高速でなだれ落ちるように流下するものがある。

斜面物質がすべり面から上をすべり動くもので,遅いものから早いものへスランプslump,岩屑すべりdebris slide,岩石すべりrock slideに大別され,地すべりと総称されることもある。崖端に生じる比較的小規模のものを崖崩れまたは土砂崩れ,山や丘陵の斜面に生じる比較的緩慢な滑動を地すべり,急速に崩れ落ちるようにして滑動する現象を山崩れということも多い。スランプは滑り面から上の滑動する塊が,上部が後方へ傾きながら沈下するとともに,下部が前方へ押し出すような,後方回転を伴う動きで,崖崩れや地すべりの多くがこのタイプに属する。岩屑すべりは岩屑層が後方回転を伴わず,斜面に沿ってそのまますべるもの,岩石すべりは層理面や節理面,断層面などの割れ目に沿ってはがれた岩石が,すべり落ちる現象であり,岩屑すべりや岩石すべりの速度が増し,その塊が崩れるようになると岩屑なだれに移行する。

物質の性質によって土壌落下,岩屑落下,岩石落下に分かれる。落下した物質は崖の基部に堆積して崖錐をつくる。また大規模な落下はしばしば岩屑なだれを引き起こす。

地下の洞穴や坑道の陥没,大量の氷を含んだ永久凍土の活動層の融解による水の放出と,溶けた未固結層の圧密に伴う収縮などによって生じる現象である。

 実際にはさまざまな様式の運動が複合したり,動きの進行に伴って運動様式が変化することが多い。また速度の速いマス・ムーブメントは突然発生することが多く,しばしば大きな災害をもたらすので,急傾斜地や土地の条件が悪い所では,とくに豪雨や地震に際して注意が必要である。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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