アメリカの物理化学者。マサチューセッツ州ニューベリポートに生まれる。化学結合論、構造化学の分野で量子化学の方法を開拓し、その確立に貢献した業績で知られる。マサチューセッツ工科大学卒業後、シカゴ大学(1921年学位取得)、ハーバード大学で研究し、1926年ニューヨーク大学助教授、1928年シカゴ大学に移り、1931年より同大学教授。
初期に1920年代なかばから1930年代初めにかけて二原子分子のバンド・スペクトルについての実験的研究を進め、そこから出発して、分子の中の電子がいかなる状態にあり、どのようにふるまうのかという問題を一貫して追究し、量子化学的な理論的研究を展開する。
1932年から1935年ごろにかけて、今日の分子軌道理論の基礎となる理論的研究で成果をあげ、フント論文(1928)、ヒュッケル論文(1931)などとともに、今日、広く用いられる量子化学における分子軌道法の土台をつくりあげるのに貢献した。分子軌道概念は、一中心の原子軌道に対して、それを多中心の分子全体に広がった軌道として拡張した概念であり、とくに共役二重結合系たとえばベンゼンなどの場合に、化学者の直観においてとらえやすく、広く使われるようになった。マリケンは、1930年から1940年代を通じて電子スペクトル強度、超共役など、分子軌道理論を軸に、一貫して分子の電子状態の理論的研究を展開し、量子化学の方法としての分子軌道理論の有効性を明らかにし、それを化学者の間に広めるのに寄与した。1950年代当初、マリケンは、分子化合物、たとえばハロゲン分子と有機化合物との分子錯体(ベンゼン‐ヨウ素錯体など)のスペクトルに関し、電荷移動相互作用の概念を提起し、分子軌道法でその理論的説明を与えた。この理論は単に分子錯体のみならず化学全般に大きく影響を与えている。電荷移動錯体の研究は今日的テーマの一つとして、現在、活発な研究が広く進められている。1966年ノーベル化学賞を受賞した。
[荒川 泓 2018年11月19日]
『日本化学会編『化学の原典2 化学結合論Ⅱ』(1975・東京大学出版会)』
アメリカの理論化学者.父はマサチューセッツ工科大学(MIT)有機化学教授.1917年MITを卒業し,1921年シカゴ大学で学位を取得.1921~1925年ヨーロッパに留学,帰国後,1926年ニューヨーク大学助教授,1928年シカゴ大学準教授,1931年同教授となる(~1961年).1921年水銀同位体の分離研究で種々の同位体分離法を検討し,この関連で第二次世界大戦中は原爆開発に参加した.1923年以降,分子分光学の研究に転じ,二原子分子のバンドスペクトルとその電子構造との関係などの研究を進め,量子化学(分子軌道法)の建設・発展に貢献した.おもな業績に,電気陰性度の定式(1933年),超共役理論の提唱(1941年),分子間電荷移動の理論(1950年),電荷移動スペクトルの研究(1952年),電子数解析の提唱(1955年),水素分子などのリュードベリ系列の研究(1964年)がある.分子軌道法による分子の化学結合と電子構造に関する基礎研究により,1966年ノーベル化学賞を受賞した.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
アメリカの物理化学者。マサチューセッツ州ニューバリーポート生れ。化学結合や分子の電子状態,分子スペクトルの問題に量子力学を適用するなかで分子軌道法を創始,発展させた。1926-28年ニューヨーク大学物理学助教授,28-31年シカゴ大学準教授,31-61年同大学教授。第2次大戦中の42-45年シカゴ大学プルトニウムプロジェクトに関与。おもな研究業績として,同位体分離についての研究,二原子分子帯スペクトルの広範な研究,重なり積分の検討,元素の電気陰性度の定義式の提案,超共役や電荷移動錯体の理論的解明,分子内電子の分布解析などがあげられる。化学結合と分子の電子構造の分子軌道法による研究に対し,66年ノーベル化学賞が授与された。
執筆者:菊地 重秋
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…水素分子の共有結合の理論はW.ハイトラーとF.ロンドンによって初めて定量的基礎が与えられ(1927),さらにスレーターJohn Clarke Slater(1900‐76),L.C.ポーリングによって拡張され,原子価結合法として体系化された。これは今日でもなお有用な手法として利用されているが,一方同じころ,フントFriedlich Hund(1896‐ ),マリケンRobert Sanderson Mulliken(1896‐1986),ヒュッケルErich Armand Arthur Joseph Hückel(1896‐1980)らによって,原子価の量子論である分子軌道法が展開された。分子軌道法は初めはヒュッケル法のようにπ電子だけを扱い,必要なエネルギー積分の値を経験的パラメーターとみなす経験的方法であった。…
…たとえば,ナフタレン,アントラセンなど芳香族炭化水素とピクリン酸やトリニトロベンゼンとの分子化合物は,両成分分子より深い色に着色することが古くから知られていた。この結合と着色の機構に対する量子論的な説明はマリケンRobert Sanderson Mulliken(1896‐1986)によって与えられた(1950)。それによると,ファン・デル・ワールス力のような弱い分子間力で接しているD……Aという非結合構造と,DからAに電子が移動して共有結合が加わった電荷移動構造D+-A-との間の共鳴によるとされている。…
…水素分子の共有結合の理論はW.ハイトラーとF.ロンドンによって初めて定量的基礎が与えられ(1927),さらにスレーターJohn Clarke Slater(1900‐76),L.C.ポーリングによって拡張され,原子価結合法として体系化された。これは今日でもなお有用な手法として利用されているが,一方同じころ,フントFriedlich Hund(1896‐ ),マリケンRobert Sanderson Mulliken(1896‐1986),ヒュッケルErich Armand Arthur Joseph Hückel(1896‐1980)らによって,原子価の量子論である分子軌道法が展開された。分子軌道法は初めはヒュッケル法のようにπ電子だけを扱い,必要なエネルギー積分の値を経験的パラメーターとみなす経験的方法であった。…
…たとえば,ナフタレン,アントラセンなど芳香族炭化水素とピクリン酸やトリニトロベンゼンとの分子化合物は,両成分分子より深い色に着色することが古くから知られていた。この結合と着色の機構に対する量子論的な説明はマリケンRobert Sanderson Mulliken(1896‐1986)によって与えられた(1950)。それによると,ファン・デル・ワールス力のような弱い分子間力で接しているD……Aという非結合構造と,DからAに電子が移動して共有結合が加わった電荷移動構造D+-A-との間の共鳴によるとされている。…
※「マリケン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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