翻訳|marketing
今日の経済社会では,われわれはマーケティング活動に絶えず接しているが,〈マーケティング〉という用語は誤解を受けている点も多い。その典型はこの用語が,販売と混同されて用いられる傾向に見いだされる。販売はマーケティング諸機能の一つであり,販売が商品を売り込むという企業活動の日常業務を指すのに対し,マーケティングは売れる仕組みを考える戦略的企業活動を指している。それは通常,顧客志向,利益志向,統合的努力という三つの基本的要素によって構成されるマーケティング・コンセプトmarketing conceptをもっている。企業の目的は顧客ニーズを満足させることである。
したがってマーケティングは顧客のニーズの決定から出発する。この意味でマーケティングは消費者志向を大前提にしているといえる。しかしこのことが,企業の利益水準を確保することの前提で考えられなければならないのはいうまでもない。そしてこの場合,製品化計画,価格決定,包装問題などに関する製品ミックスproduct mix,流通経路,立地条件,輸送問題,取引条件などに関する流通ミックスdistribution mix,広告,人的販売,パブリシティ,人的販売などに関するコミュニケーション・ミックスcommunication mixという三つの側面をもつマーケティング・ミックスmarketing mix問題となる。そしてこのビジネス活動を効率的に推進していくためには,販売,広告,製品,販売促進,市場調査,物的流通,製品サービスなどの諸部門を包括するマーケティング組織が企業組織の中核に据えられることが必要となる。このような企業組織を前提にして,厳しい競争市場で戦略志向を明確にしたマーケティング活動が可能になってくると考えられる。そして今日の日本のような低成長の成熟市場では,消費者の細分化により,新しい市場を開発・創造することが至上命令となっている。この場合,競合関係を十分考慮し,熟年市場,単身者市場,働く主婦市場などの有望市場への参入方法を戦略的に決定しなければならない。
マーケティングには,マクロ視点での経済社会的な流通現象を重点的にとり上げる方法と,ミクロ視点での個別企業におけるマーケティング活動を重点的にとり上げる方法とがある。前者の方法では,取引,輸送,保管といったマーケティング機能に焦点をあてる機能的アプローチ,商品やサービスの内在的特徴や社会的特徴を考えて,商品(サービス)分析に焦点をあてる商品アプローチ,卸売業者,小売業者などの中間流通業者における形態,構造,特質に焦点をあてる制度的アプローチ,といった種類のものがある。また後者の方法では,マーケティング管理を全社的視点から効率的に運営し,市場の需要調整を行うことに焦点をあてるマネジリアル・アプローチがある。これはマネジリアル・マーケティング(経営者マーケティング)と呼ばれ,マーケティングの基本として今日では定着しているといえる。そのほか,異種多様な諸要因からなるマーケティングを統一的全体として把握するため,マーケティングをシステムとしてとらえるシステムズ・アプローチ,複雑なマーケティング諸現象を,経済学,社会学,心理学,統計学,生態学,工学などの関連諸科学を援用することにより統合科学的にとらえようとするインターディシプリナリー・アプローチ,などが挙げられる。そして最近では,さまざまなマーケティング活動において,企業の自己利益だけではなく,社会におけるその活動の成果を重視しようとするソーシャル・マーケティングsocial marketingが注目されるようになってきている。このマーケティングは,非営利組織(各種公共体,協会など)がマーケティング技術を応用する場合にも用いられる名称にもなっている。このような種々のマーケティングの方法で,今日的現象として忘れられてはならないことはコンシューマリズムconsumerismの問題である。これは環境汚染や欠陥商品に対する企業姿勢を監視する運動として定着してきている。
(1)伝統的マーケティングが対象としてきたものは商品である。サービス経済下にある今日では,サービスのマーケティングが新しい課題となってきている。しかしサービスは,対個人サービスと対事務所サービスでは形態が異なり,そのマーケティング方法も基本的に異なっている。生産と消費が個別的に発生する商品とそれが同時的に発生するサービスとでは,マーケティング活動が必然的に異なってくることになる。
(2)国際マーケティングも,今日の国際化社会で新しい局面をみせている問題である。貿易問題と異なり,多国籍企業が行うマーケティング,製品が外国で生産・販売されることによって生ずるマーケティングなどに関する問題は,単なる経済的側面のみならず,社会的・文化的側面を含んだ問題であると考えられる。
(3)従来のマーケティングは消費財を中心にとり上げてきた。生産財に関するマーケティングは,購買層が組織体であるため,消費者を購買層としたマーケティングとは基本的に異なっている。その製品ミックス,流通ミックス,コミュニケーション・ミックスは特殊であり,個別的である。従来,販売活動に重点が置かれていた生産財マーケティングは,新しい経済社会におけるME(マイクロエレクトロニクス)化の波のなかで総合的にマーケティングを必要としてきている。
(4)企業の多角化が進行するなかで,製品別マーケティングは新しい視点での検討を迫られている。製品別市場の魅力と事業化の現状を組み合わせ,企業全体の戦略視点からマーケティング計画とその実施を統合することが必要になってきている。CI(コーポレート・アイデンティティ)というマーケティング活動の統一化に関する問題も,このような底流から提起されてくるものである。
(5)マーケティングにおける競争関係の激化は,いきおい不正な市場環境条件をつくり出しがちである。これを予防するために法律的規制が必要になる。独占禁止法をはじめとして,種々の法律がマーケティング活動とかかわってくることになる。法律・行政とマーケティングの関係は,現実的問題として重要であり,それは状況によって変化していく部分をもっている。
(6)マーケティングにおける意思決定の的確さは,その支援情報の正確さに依存することが多い。豊富な社内・社外のデータ,コンピューターによる処理能力の高度化などにより,マーケティング情報システムはかなり整備されてきている。しかし,情報過多現象,分析手法の誤用などの問題もあり,このシステムの運用には十分留意が必要とされている。
執筆者:奥田 和彦
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