ロシアの農村共同体のことで,オプシチナobshchinaとも,オプシチェストボobshchestvoともいう。ロシアでも古くは血縁的共同体が存在していたが,階級社会の成立とともに地縁的農村共同体に発展した。古代ルーシ時代にはベルフィverv'と呼ばれていた。近代ロシアのミールの起源については,ミールを原始的・古代的共同体の遺制とみなす連続説をとる学者と,近代になってツァーリズムが創出したとみなす断続説をとる学者がおり,明確になっていない。
ロシア社会におけるミールの特質は,西欧では農村共同体が資本主義の成立・発展とともに解体したのに,ロシアでは資本主義がある程度発達したにもかかわらず解体せず,1917年のロシア革命とその後の農業における社会主義建設の過程で一定の役割を果たした点にある。1861年の農奴解放のときに体制側では,土地つきで農民を解放する場合に西欧的独立自営農民を育成すべきか,あるいはミールを維持強化すべきかが大きな問題になったが,結局,買戻金と税金を徴収する際の便宜を考えて,ミールを維持強化し,ミール単位で農民に土地を分与することにした。そのためにミールは農奴解放以後に強化されることになった。
ミールは一般に村長(スターロスタstarosta)と家長からなる村会(スホードskhod),長老会と慣習法からなり,土地を共同で所有するが,経営は個別的に行うという,いわゆる固有の二元性をもっていた。また農民の自然発生的自治組織であり,原始的な行政権と司法権をもっていたが,体制側が支配の道具,とりわけ税金と賦役を課すために利用したために,ミールは農民の自治組織であると同時に,体制側の支配の道具という二重の性格をもつに至る。ミールの土地のうち屋敷地は,個々の農民・共同体員の私的所有に近く,耕地や牧場,森林は共同体的所有であり,また耕地は個別的に利用され,定期的に割替えの対象になっていたのに対して,牧場と森林は共同で利用されていた。農奴解放以後の資本主義の急速な発展のなかで,ミールはロシアの西部では解体し始めていたが,中央部では完全に機能し,東部では萌芽状態にあった。
ミールのロシア史における特質については,保守派のスラブ派がミールを,農村に資本主義という害毒が進出し,ロシアに土地のないプロレタリアートが発生するのを防ぐ防壁と考え,左翼のナロードニキはミールが存在するゆえに,ロシア社会が資本主義を経過しなくても社会主義に移行できると主張したのは,著名な事実である。これに対して自由主義的西欧派やロシア・マルクス主義者は,ロシア社会も西欧と同じ発展の道を歩むべきだと主張し,ミールの進歩性を否定した。ロシア人は,ミールの歴史的役割をめぐって女帝エカチェリナ2世の時代から200年も論争を続けており,世界史に他に例のないような研究史と膨大な史料を残している。
ミールは,19世紀末まではツァーリズムの支柱の役割を負わされていた。ミールの特徴とされている土地割替えも人頭税の導入と関係して発生したものらしい。しかし20世紀初めになるとミールの役割は質的に転換し,専制と地主貴族に対する村ぐるみの闘争の拠点になる。農民自身の自治体という性格が強く現れたのである。そのために体制側は共同体所有神聖不可侵という伝統的政策を放棄して,共同体的農村を西欧化する政策に転換することを余儀なくされる。これが1906年末に始まるストルイピンの土地改革である。ストルイピンは,権力を行使しミールを解体して独立自営農民を創出し,保守的自作農を支柱とするツァーリズムの近代化をはかったが,農民の大多数や反動的地主の抵抗,第1次世界大戦の勃発によって失敗に終わる。1917年に革命が起こると農民は,自然発生的にミールを復活・強化し,ミールを中心に村ぐるみで周辺の地主領地を奪取し,それをミール間に分配するという,いわゆる総割替運動を展開し,ツァーリズムの地方権力機構をつぎつぎに破壊した。ミールはこうしてロシアの社会的再生,非資本主義的発展の拠点という役割をいやおうなしに負わされることになった。
執筆者:保田 孝一
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旧ソ連が1986年に打ち上げた軌道科学宇宙ステーション。ソ連崩壊後はロシアが管理。ミールはロシア語で「平和」という意味。有人、無人の宇宙船とドッキングするための結合ユニットを6基もつ、大規模な「宇宙基地」で、「第三世代の宇宙ステーション」ともいわれた。ミール本体は直径約4メートル、長さ約13メートル、重さ約20トンだが、ドッキングを繰り返し、全長約30メートル、総重量約130トンに及んだ。最大9人が暮らせるが、飛行が長期にわたる場合などは5、6人が適当とされた。1986年2月にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、以後、ソユーズやサリュートとのドッキングを続けるなど活発な活動を行った。1988年12月には、ソ連飛行士2人が1年間という宇宙滞在記録を樹立。また1992年3月には、ソ連崩壊のあおりをうけて滞在を余儀なくされていた飛行士が313日ぶりに地球に帰還するというニュースもあった。その後、国際宇宙ステーション建設の実験のためスペース・シャトルとのドッキングなどを行った。老朽化が激しく、2000年春の廃棄が決定されたが、2000年に入ると、外国の民間資金を調達して運用期間を延長する計画が動き出した。しかし、12月ロシア政府は廃棄を正式に決定。2001年3月ミールは南太平洋上に落下した。
[長沢光男]
ロシアの農村共同体、土地共同体または共同体の集会をさす。「オプシチナ」община/obshchinaともいう。起源については、古代ロシアの村落共同体に由来するという説と、後の農奴制の確立、人頭税の徴集に始まるとする説が対立している。古くは農民の集会としての自治的機能が重要であり、長老の選出、税と土地の割当てなどがここで決議された。16世紀以降には、担税者の登録や租税、地代の負担の決定がミール構成員の連帯責任を条件として行われるようになった。その結果、土地の定期割替えと共同耕作の慣行が導入されるに至った。とくに18世紀の人頭税導入後は、土地の配分が、通常、農民夫婦を一単位とする課税単位「チャグロ」を基準として行われ、中央ロシアでは、土地の位置と質の差による負担の軽重を平均化するための均等的な定期割替えが一般的になった。ミールはまた、貧困・老病者の救済、共同施設の運用などにも携わった。この自治的組織には地主や国家の干渉が強く加わり、とくに農奴解放(1861)後は、農民が国家から受けた土地購入用融資の返済責任がミールに課せられた。ストルイピン改革(1906~11)により、農民にミール脱退の自由が認められた。スラブ主義者(スラボフィル)はミールを理想化し、人民主義者(ナロードニキ)はロシア社会の発展可能性をこのなかにみた。なお、モスクワ時代(15世紀なかば~17世紀)には、町人の構成するミールも存在した。
[伊藤幸男]
『保田孝一著『ロシア革命とミール共同体』(1971・御茶の水書房)』▽『ダニーロフ著、荒田洋・奥田央訳『ロシアにおける共同体と集団化』(1977・御茶の水書房)』
インドのウルドゥー語詩人。アグラに生まれる。10歳で孤児となり、デリーに移った。叙情詩(ガザル)にとくに優れ、後代のガーリブとあわせてガザルの二大巨匠と称される。60歳のときにラクナウに移ったが、一生を不満のうちに過ごした。彼の詩は人生への懐疑や厭世(えんせい)感を格調高い簡潔な表現と、流れるように美しい韻律で表しているところに大きな特徴がある。『ミール詩全集』は多くの異本が出版され、広く愛読されている。彼自身がペルシア語で書いた『詩人評伝』(1751)はウルドゥー語詩人103名を扱い、最初のウルドゥー詩人伝として文学史上にきわめて重要な作品である。
[鈴木 斌]
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ロシアの農村共同体。古くから存在した自治組織とみる説と近代に国家が創出したとみる説がある。各農家の戸主の集まりで,長を選ぶとともに,租税その他の賦課に対し連帯責任を負い,農地の定期的な割替を行った。ロシア革命後も存続した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…61年の勅令によって農奴身分から解放されたあとも,地主から分与された土地に対して買戻金を支払わなければならなかった。
[村むらのくらし]
帝政期には国有地と地主の領地とを問わず,農民たちは村単位でミールmirあるいはオプシチナobshchinaと呼ばれる共同体をつくっていた。納税や年貢や兵役などの義務を共同体が連帯責任の形で負っていたのである。…
…
【経済と社会】
[農民,領主]
モスクワ・ロシアでは農業技術はなお低く,寒冷な北部はもとより中央部でも,農民の生活は農耕のほか林間での養蜂,狩猟,採集と漁労に大きく依存し,自然災害,疫病,強盗,戦乱の被害も少なくなかった。農家はふつう広い森林に1ないし2~3戸単位で散在し,多数戸の部落の発生は16世紀末からとされるが,これら部落の中心は教会のある村で,この村をいくつか含む郷がミール(共同体)を構成した。官憲や領主も直接ミールの生活に関与することは少なく,長老(スターロスタ)などの役職が外部世界との接点をなし,国税や領主への貢租もミールの集会で各戸に割り当てられた。…
…61年の勅令によって農奴身分から解放されたあとも,地主から分与された土地に対して買戻金を支払わなければならなかった。
[村むらのくらし]
帝政期には国有地と地主の領地とを問わず,農民たちは村単位でミールmirあるいはオプシチナobshchinaと呼ばれる共同体をつくっていた。納税や年貢や兵役などの義務を共同体が連帯責任の形で負っていたのである。…
※「ミール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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