オーストリアの経済学者、オーストリア学派の創始者。W・S・ジェボンズ、L・ワルラスと並ぶ「限界革命」トリオの一人。法学者アントン・メンガーの兄。ウィーン大学、プラハ大学で法律を学び、新聞記者を経て内閣新聞局に入り、そこで市況報告を書くうちに価格理論や経済学に興味をもつようになった、といわれている。1872年ウィーン大学私講師、翌年員外教授、1879年経済学教授となって、1903年F・ウィーザーに席を譲るまで在職した。主著『国民経済学原理』Grundsätze der Volkswirtschaftslehre(1871、第一部のみ刊行)において、消費財の価値は当該財の最終単位量が消費者に対してもつ重要度によって定まるという、今日の通称「限界効用理論」を独立に提唱し、また消費者によって直接消費されない生産財(高次財)の価値はそれを用いて生産される消費財の価値が転嫁されたものであるとして、のちにウィーザーが「帰属理論」として定式化した理論の先鞭(せんべん)をつけ、経済現象を人間の合理的行動に基づく限界効用一元論によって説明しようとした。メンガーは、従来は上述のこととともに、『社会科学の方法に関する研究』Untersuchungen über die Methode der Sozialwissenschaften und der politischen Ökonomie insbesondere(1883)などによる1880年代のG・シュモラーとの方法論争で著名だったが、最近は彼の時間要素の取扱い方や貨幣論面にも注意を払うメンガー再考察の動きが強まっており、このことにも関連して、子息の数学者カール・メンガーKarl Menger(1902―1985)により彼の死後出版されながら、従来はほぼ無視されていた『国民経済学原理』の父の書き込みに基づく増補第2版(1933。同年から1936年にかけて刊行された4巻の『メンガー全集』の第1巻。邦訳書名『一般理論経済学』)や貨幣論論文への関心が高まっている。
[早坂 忠]
『安井琢磨・八木紀一郎訳『国民経済学原理』(1999・日本経済評論社)』▽『八木紀一郎他訳『一般理論経済学』全2巻(1982、84・みすず書房)』▽『戸田武雄訳『社会科学の方法に関する研究』(1937・日本評論社)』▽『福井孝治・吉田昇三訳『経済学の方法に関する研究』(岩波文庫)』
オーストリアの経済理論家。オーストリア学派の限界分析の創始者。いわゆるミクロ経済学を現在の体系にまとめ上げたのは,メンガーとその弟子たちであるといえる。ケンブリッジ学派の創始者A.マーシャルにも理論面で大きな影響を与えた。オーストリア領であったポーランドのガリシアで弁護士の家庭に生まれた。ウィーン大学,プラハ大学で法律を学び,クラクフ大学で博士号を取得した。その後,総理府の新聞局に入り市場報告書を作成するうちに,価格理論への強い関心をもちはじめた。1871年に出版された《国民経済学原理》では,ほぼ同時期に限界革命の基礎を開拓したS.ジェボンズやL.ワルラスの著作よりもはるかに明解に,効用,価値,価格の関係が論じられている。メンガーの第2の主著《経済学と社会学の諸問題》(1883)は,社会科学における理論の重要性の問題をとり上げている。これは新歴史学派(〈歴史学派〉の項参照)に対するメンガーの批判がその執筆の重要な契機となっている。同書の中で,後に〈方法論的個人主義〉と呼ばれる手続で,部分から社会全体の構造を再構築する方法を展開している。メンガーは,歴史学と理論の性質や役割を区別することが,方法論上の混同を避けるためにも重要だと考えていたのである。このような態度は,この本のG.vonシュモラーによる書評とそれに対するメンガーの反論を生み,後に〈方法論争Methodenstreit〉と呼ばれる論争を生み出すことになる。メンガーは《国民経済学原理》の改訂を長らく計画していたが果たせず,1903年大学を辞しこの作業に集中的に取り組んだが,ついに完了することはできなかった。死後23年息子の手によってようやく第2版が公刊された。
執筆者:猪木 武徳
オーストリアの法学者。兄のカールは経済学者。ウィーン大学教授・総長を歴任。民事訴訟法学者・法哲学者として,また,民主主義者・社会主義者として,本来国家活動が実現すべき目的であると考える各個人の真の生活目的(個人の生存の維持・発達,種族の繁栄,生命・身体・健康等の充足)を,私法の限界内で,自己の力で自己の危険において処理すべき私事とみなす現行私法体系,とりわけ物権・債権・相続の各法を,少数の所有階級の利害に奉仕し多数の人民大衆を苦しめるものだと批判し,平和的・改良的な社会主義的立法により資本主義秩序を民衆的労働国家へ転換させようとする立場をとった。この見地から社会主義原理に基づく労働者の基本権として,生存権・労働権・全労働収益権の確立を提唱した。この立場はエンゲルスからブルジョアジーの世界観たる〈法学的世界観〉を脱せぬ〈法曹社会主義〉だと嘲笑的批判を浴びた。彼は当時の諸国の立法に影響を与えたほか,ウィーン大学法学部に強い精神的影響を残し,E.エールリヒの自由法学・法社会学,K.レンナーの私法批判・国家肯定論的社会主義の思想等がその影響下に成立した。フランクフルト社会研究所の創設者グリューンベルクも彼の弟子であった。主著に,《全労働収益権史論》(1886),《民法と無産階級》《法学の社会的使命》《新国家論》《民衆政策》など。
執筆者:今井 弘道
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1849~1921
オーストリアの経済学者。オーストリア学派の祖。価格は効用のみでなく人間の主観的価値観によって決まるという限界効用理論を確立。シュモラーらの歴史学派との論戦は有名。
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…まず,市民革命ないし近代市民国家の成立の前後において,これに即応する制定法とくに法典の編纂の前提として,全体的な法的社会像を描く努力がなされた。フランスのJ.E.M.ポルタリス,ドイツのR.イェーリング,O.F.vonギールケ,オーストリアのA.メンガーなどがその例である。 ついで資本主義の高度な発展により,法と社会とのギャップが顕在化したとき,自由法論を経由して,法社会学が,法社会学という名の下に自覚的な発展を始めた。…
…マルクス経済理論がリカード派社会主義からの剽窃(ひようせつ)だとする議論を含むA.メンガーの著《全労働収益権史論》(1886)へのF.エンゲルス(一部はK.カウツキー)の反論論文《法曹社会主義》(1887)において創出された概念。〈法曹社会主義〉という嘲笑的意味を含んだ言葉が生まれ,メンガーがその代表者とみられた。…
… 現在〈労働権〉という言葉は,一般に,資本主義の発展とともに重大な社会問題となった失業問題の激化を契機として提唱されるに至った新しい権利をさす言葉として用いられている。このような労働権の法律的な概念構成を企て,その後の学説にも大きな影響を与えたのが,法曹社会主義者A.メンガーである。彼は,すべての人間が労働の義務を負うと同時に労働の機会をも保障されるような社会主義体制の樹立,資本の私的所有の否定を究極の理想としながらも,資本主義から社会主義体制への移行は,法律制度の改革を通じて漸次的・平和的に行わなければならぬとする立場から,資本主義体制のもとでも,労働の意思と能力をもちながら私企業等に就業しえない者は,国家に対して労働の機会を提供すべきこと,もしそれが不可能ならば相当の生活費を支給すべきことを請求しうる権利が認められなければならないと主張して,これを資本制法秩序に接合させられるべき〈生存権〉の一種としての〈労働権〉とよんだ。…
…経済学における限界革命において,L.ワルラス,W.ジェボンズとともにその三大巨星であったウィーン大学のC.メンガー,およびその流れをくむ経済学者たちの学派。ウィーン学派とも呼ぶ。…
…つまり,諸商品はそれぞれ異なった有用性をもつという意味で異化されているが,消費者に効用もしくは満足をもたらすという点では同化されているのであり,この同化性のうえに交換価値が成り立つとみるのである。効用価値説を採用したのは,H.ゴッセンのような先駆者はいるものの,学説史的な区分としてはW.S.ジェボンズ,L.ワルラスそしてC.メンガーによってはじめられた新古典派経済学である。そして効用価値説は,消費者というまぎれもない個人のもつ主観に価値の源泉を見いだすことを通じて,新古典派に特有の個人主義的な市場観の支柱にもなった。…
…これによって交換も広範囲,大規模となっていく。この説はC.メンガーによって精緻(せいち)に展開されているが,A.スミスに始まる古典派経済学,およびマルクスによっても主張されているところである。(2)装飾品貨幣説 上記の交換説で最後にどのような財が貨幣になるかを考えるとき,交換説は通常,食生活における日常品,すなわち小麦,塩などを念頭におくことが多い。…
…そのような試みにより,転化問題,利潤率の傾向的低下の法則などが批判的に解明されたのである。
【近代経済学】
近代経済学なる用語は日本における造語であるが,若干の先行者を別にすれば,古典派経済学に対して,《経済学の理論》(1871)の著者W.S.ジェボンズ,《国民経済学原理》(1871)の著者C.メンガー,そして《純粋経済学要論》(1874‐77)の著者L.ワルラスの3人が,新しい経済学を体系的に展開したいわゆる限界革命が,近代経済学の始まりであるといえる。限界革命とよばれるのは,この3人がイギリスのマンチェスター,オーストリアのウィーン,そしてスイスのローザンヌにおいて,独立に,ほぼ同時に,限界効用,さらには限界生産力などの限界概念を駆使した経済理論を樹立したからにほかならない。…
…1870年代にW.S.ジェボンズ,C.メンガー,L.ワルラスの3人の経済学者が,ほぼ同時に,かつ独立に限界効用理論を基礎にした経済学の体系を樹立し,古典派経済学に対して近代経済学を創始したことをいう。早坂忠の考証によれば,1930年代にJ.R.ヒックスが,限界効用理論をはじめて使うという一般的な意味で限界革命という表現を使用し,ついでH.ミントが1870年代の経済学の革命を限界革命とよんだという。…
※「メンガー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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