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モホリ・ナギ モホリナギ

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百科事典マイペディアの解説

モホリ・ナギ

ハンガリー出身の画家,写真家,造形作家,デザイン教育者。ボルショード生れ。法律を学んだが画家を志し,1920年ベルリンに出て前衛芸術運動に参加し,構成主義的な作品を描く。
→関連項目石元泰博キャラハンチヒョールトバイヤーバザレリ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モホリ・ナギ
もほりなぎ
Lszl Moholy-Nagy
(1895―1946)

ハンガリー生まれのアメリカの画家、彫刻家、デザイナー。バーチバルショド生まれ。モホリ・ナギドイツ語読みで、ハンガリー語ではモホリ・ナジ。ブダペスト大学で法律を学んだが、第一次世界大戦で負傷したのがきっかけで絵画に転じ、前衛芸術運動、とくにシュプレマティズム構成主義の洗礼を受けた。1917年ウィーンに出て、翌年ベルリンに移り、22年のシュトゥルム画廊での展示が注目され、同年グロピウスに推されてバウハウスの教授に迎えられた。以後28年のバウハウス閉鎖まで抽象絵画、彫刻、建築、写真など多岐にわたる創造活動と指導を行い、『絵画・写真・映画』(1925)、『材料から建築へ』(1929)を「バウハウス叢書(そうしょ)」として刊行した。バウハウスを去ってからはベルリン、アムステルダム、ロンドンなどで舞台美術、ポスター、映画などを含む創作活動を行い、37年に渡米。38年ロックフェラー財団の援助を得てシカゴにデザイン研究所を設立、デザイン、ディスプレー、写真をはじめ、キネティック・アートの作品などに多彩な仕事を展開、同地に没した。著書に『ニュー・ビジョン』(1946)、『動きにおけるビジョン』(1947)など。[高見堅志郎]
『大森忠行訳『ザ・ニューヴィジョン――ある芸術家の要約』(1977・ダヴィッド社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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