古代ローマ人の最高神。英語読みではジュピター。ギリシア神話のゼウスと同一視された。その名はDieu pater(〈父なるディエウス〉の意)がつづまったもので,本来は,ゼウスと同じく,インド・ヨーロッパ語系諸族の天空神であるが,そこから進んでさまざまの気象現象をつかさどる神,さらには人間世界の動向をも定める神となり,ついには国家としてのローマの命運を支配する最高神として崇拝を集めるに至った。
気象の神としては,ルケティウスLucetius(〈光をもたらす者〉),プルウィアリスPluvialis(〈雨を降らせる者〉),トナンスTonans(〈雷をとどろかす者〉),フルグラトルFulgrator(〈稲妻を放つ者〉)などの名があり,光明神としての彼は,毎月のほぼ中日にあたるイドゥスIdusの日に,カピトリヌス丘の〈砦Arx〉と呼ばれる高みで,彼の神官フラメン・ディアリスflamen Dialisにより白い羊を犠牲に供された。これは,夜でも天の光が最も強い満月の日にこの神をあがめた古い風習のなごりと思われる。ブドウ酒の祭ウィナリアVinaliaで彼があがめられたのも,十分な陽光を必要とするブドウ作りが光明神としての彼の特別の保護下にあると考えられたからであろう。また雷神としての彼はあらゆる誓い,契約,条約などの神ともされ,その違反者を雷で罰すると信じられた。
一方,国家神としてもさまざまの呼称を付して呼ばれたが,最も重要なものはユピテル・オプティムス・マクシムスJupiter Optimus Maximus(〈最善最大のユピテル〉)である。これはローマ最後の王タルクイニウス・スペルブス(前6世紀後半)のころに落成したカピトリヌス丘上の大神殿に,エトルリアの影響を受けて,彼の妃のユノ,娘のミネルウァ両女神とともに三位一体の形でまつられていたユピテルで,毎年2人ずつ選ばれるコンスル(執政官)は,就任に際してまずこの神殿にもうで,国家に対する前年同様の加護を祈願した。また将軍はここで犠牲を捧げてから遠征に出発し,大勝利をおさめて帰還したときの凱旋式も,この神殿における儀式で幕を閉じるならわしであった。カピトリヌス丘上にはさらに,ローマ初代の王ロムルス(前8世紀後半)が戦利品を捧げて神殿の奉献を誓ったと伝えられるユピテル・フェレトリウスJupiter Feretrius(フェレトリウスは〈戦利品を運ぶ者〉とも〈敵を撃つ者〉とも解される)がローマ最古の神殿にまつられており,パラティヌスの丘にはユピテル・スタトルJupiter Stator(〈支える者〉)の神殿があった。このユピテルについても,サビニ人との戦いの最中に,祈りにこたえて味方の敗走をくいとめてくれたお礼にロムルスが神殿を奉献したとの伝承があるが,実際に神殿が建造されたのは前3世紀初頭のことらしい。このほか,ローマ市南東のアルバヌス山には,ラテン同盟の守護神たるユピテル・ラティアリスJupiter Latiarisの神殿があり,毎年の同盟の祝祭フェリアエ・ラティナエFeriae Latinaeのおりには白い雌牛が犠牲に供され,諸都市の代表者がその肉を分かちあった。ユピテルもまた,ゼウスと同様,オークの木が聖木,鷲が聖鳥とされた。
執筆者:水谷 智洋
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ローマ神話の主神。サトゥルヌスの子で、妻はユノ。英語読みはジュピターで、ギリシア神話のゼウスにあたる。その神話はほとんどギリシアからの借用であるが、ユピテルはゼウスと同一視される以前から、すでにローマの神々の中心に位置していた。ユピテルという名の源義は「天なる父よ」という意味で、彼はゼウス同様、元来はインド・ヨーロッパ語族にその名の起源をもつ天空神である。したがって雨、嵐(あらし)、雷鳴、稲妻などのさまざまな天候現象をつかさどる神となり、さらに農業、ことにブドウの栽培とも結び付く。ブドウの収穫祭ウィナリアはその祝祭である。またゼウスと同じく、彼はその聖木を樫(かし)、聖鳥を鷲(わし)としている。
彼はその権能に応じて種々の呼称でよばれるが、国家的信仰の対象としては、戦勝をつかさどるユピテル・フェレトリウスが最古のものである。その神殿はカピトリウムの丘にあり、古くローマ建国の祖とされるロムルスが、ここにアクロン王から奪った最上の戦利品を奉納したという。また、戦闘における敗走を食い止め、戦陣を支える神としてユピテル・スタトル、また自由をつかさどる神としてユピテル・リベルとよばれ、それぞれの神殿をもっていた。彼はこのほかに倫理道徳をつかさどり、正義を嘉(よみ)し、また条約・誓言の神として偽誓(ぎせい)を罰する権能ももっていた。
歴史時代のローマでは、ユピテル・オプティムス・マキシムス(至善至高の神ユピテル)の名で、国家的主神として崇拝された。これは文字どおりの最高神で、その神殿はカピトリウムの丘にあり、彼はそこにユノとミネルバを両わきに従えた形で祀(まつ)られていた。この神殿は国家の政治的行事の中心として、執政官が就任したときや、将軍が凱旋(がいせん)したときにはその報告のためかならず参詣(さんけい)がなされた。
またこの神は、アルバノ山で毎年催されたラテン同盟の集まりで、ユピテル・ラティアリスとよばれてその祭神となった。
[丹下和彦]
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…その名は〈天空〉を意味する印欧共通基語*dyeusからきており,彼は天空神として雲,雷,雨,雪などの気象をつかさどる一方,人間社会の秩序の維持者とされた。ローマ人によってゼウスと同一視されたユピテルJupiterも,その名はDieu pater〈父なるディエウス〉の意で,本来ゼウスと同じ神である。 神話ではゼウスはティタン神のクロノスとレアの子とされ,彼が世界の覇者となった経緯が次のように語られる。…
…現,イスタンブール)を建設し(330),帝国の重心を東に移動させた。 すでに3世紀後半,帝国の立直しのために帝権のイデオロギー的正統化が求められ,アウレリアヌスは太陽神の加護を求めたが,ディオクレティアヌスは古ローマの伝統に戻って〈ユピテルの地上の代表者(ヨウィスJovis)〉と称し,古ローマ宗教に賛成しないキリスト教徒の全国的な大迫害を始めた(303)。国家の命令によるキリスト教徒の処罰はすでにデキウス,ウァレリアヌスが始めていたが,その後それは鎮静化していたものであった。…
…しかし宗教性の点や,万物は神々による支配に服しているという洞察まで達した唯一の叡知を有する点では,すべての民族にまさる〉とあるように,ローマにも早くより独自の神崇拝が存在した。古くはユピテル,マルス,クイリヌスが三位一体をなして篤くまつられた。ユピテルは語源をギリシアのゼウスと等しくするインド・ゲルマン起源の天空神で,本来,日の明るさと気象とをつかさどる。…
※「ユピテル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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