ライプチヒ大学(読み)ライプチヒだいがく(英語表記)Universität Leipzig

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライプチヒ大学
ライプチヒだいがく
Universität Leipzig

ドイツのライプチヒにある総合大学。 1409年ザクセン大公により,プラハ大学から移ってきた教師,学生を中心に設立され,15世紀北ドイツ最大の大学に発展した。 16世紀に入ると P.メランヒトンの影響を受けて人文主義的な性格を強め,1558年には J.コメラリウスによって学則が定められて最盛期を迎えた。その後一時停滞期を迎えたが,19世紀後半以降再び名声を回復。 1953年カルル・マルクス大学ライプチヒと改称したが,90年にかつての名称が復活した。文豪ゲーテ,大作曲家 R.ワーグナーらもここで学んだ。現在,神学,法学,歴史・芸術・東洋研究,言語,教育,数学・コンピュータ科学,生命科学・薬学・心理学,物理・地球科学,化学・鉱物学,社会科学・哲学,スポーツ科学,獣医,医学などの学部のほか,ドイツ文学研究所などの付属施設をもつ。学生数約1万 9900名 (1997) 。

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百科事典マイペディアの解説

ライプチヒ大学【ライプチヒだいがく】

ドイツ,ライプチヒにある伝統の古い大学。1409年設立。プラハ大学にならって組織され,メランヒトンによる人文主義的改革を経て,16世紀にはドイツ最大の大学となる。第2次大戦後,1953年にカール・マルクス大学と改称。フンボルト大学に次ぐ東ドイツ第2の大学となった。東西ドイツの統一にともない改称。神学,法学,歴史・芸術・東洋学,数学・コンピューター科学など14学部。
→関連項目ライプチヒ

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世界大百科事典 第2版の解説

ライプチヒだいがく【ライプチヒ大学 Universität Leipzig】

ドイツのライプチヒ市にある大学。1409年プラハ大学から当地に移住したドイツ人教師と学生らにより創設された。メランヒトンの影響による1539年の人文主義的改革の結果,16世紀にはドイツ最大の大学となった。17~18世紀には保守的精神の学内支配により衰退した時期もあったが,19世紀に入り再び名声と勢力を回復した。第2次世界大戦で多大の損壊を受けたが,戦後いち早く再建がはかられ,東ドイツにおける中心的な研究・高等教育機関の一つとして発展した。

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世界大百科事典内のライプチヒ大学の言及

【ライプチヒ】より

… 14~15世紀には手工業者も増え,1466年には27のツンフトをもち,人口6000となる。1409年ライプチヒ大学の創設もあって1500年ころには印刷・製本工も現れ,ミュンツァーもこの大学に学び,19年のライプチヒ討論はルターの宗教改革を決定的にした。1485年以後ザクセン公領に含まれ,1539年宗教改革を受け入れた。…

※「ライプチヒ大学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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